第五話 取引相手
前話の最後の部分をちょっと修正しました
市場では多くの人間が賑わっていた。探索者だけではない、普通の市民も多く行き交っている。商人達も露店として地面にゴザを広げて商品を並べている者もいれば、食料品を中心に販売している出店のような物まである。
ここは、この街において、もっとも人が集まる場所であり、一言でいえば繁華街である。
その場所に一組の男女がいた。テオルドとリーンだ。二人とも普段着でこの場所に来ており、かなりラフな恰好である。といってもリーンはそれでも武器を携帯しているし、テオルドも人目につかないようにいくつもの魔道具を携帯している。
「で、私に商人の目利きをして欲しいという事ですが、この中から選ぶんですか」
「そうよ、信頼できそうな商人がいたらこの場で決めるわ」
テオルドとリーンが何故この場にいるのか、それは探索者であるリーンの武具や道具を仕入れるために必要となる商人を、新しく見つけるためである。
取引相手として懇意にしている商人を殺されてしまったリーンは、現在探索者として休業中だ。ダンジョン探索のために必要となる各種の道具や食料品、それに武具などが満足に調達できず、探索したくてもできない状態なのである。
「よくわからないのですが、ダンジョン探索とはそんなに沢山の用意が必要なのですか」
「量というより、満足できる性能と品質の道具が一定数必要ね」
テオルドの言葉にリーンが答える。
「例えば、探索中に方位を測る道具があるとして、それがまともに機能するか、機能したとしても耐久性はどうか。ダンジョンのどの層までなら機能するか、全部把握しておきたいし、それに嘘があると困るわ」
「方位を測る道具が機能しない層もあるんですか?」
「例えば周囲を形成する石や、もしくは岩石系で磁場を発する魔物が近くにいれば普通の方位磁石なんかは機能しなくなる。つまり性能と品質よ」
なるほど、とテオルドは納得した。要はダンジョン探索には専門の道具が幾つかあって、それを確保したいという話だ。
「だからこそ信頼できる商人ってのは重要なのよ。騙されて安物の道具を用意されました、今日は探索すらできません、経費が無駄になりましたならまだ良い方で、いざ必要な場面が来たら全く効果が出ない劣化品を掴まされていたとかなら、ふっつうに死ぬわね」
今の話で言えば、ダンジョンの中で迷ってしまった時に、その状況の為に用意していた道具が全く役に立ちませんでした、等となれば大変な事になるだろう。
「あとダンジョンは道が変わる事もあるし、層によっては迷路じゃなくて広い草原だったり湿地帯だったりもするから、方位が分からないとまず間違いなく終わりね」
「なるほど、それは確かに品質面も重要になりますね」
という事は、信頼できる商人を失ったのは思った以上の痛手なのでは? テオルドはふとそう思った。
「もしかしてですが、商人さんを失ったことはリーンさんに取って物凄くハイリスクでした?」
「すっっっっごくハイリスクだったわ。まあ、あいつはかなりがめつい商人で、気に入らない人間や好みの女をみつければ、借金でカタに嵌めて陥れたり、無理やり手籠めにするような奴だったから人間的には信頼してなかったけど」
実務的にはともかく、メンタル的には商人が死んだことにショックは受けてないようだ。
「その話が事実なら、その商人さん、リーンさんを狙っていたんじゃないんですかね。リーンさん美人ですから」
「実際狙ってたと思うわよ。よく、高価な物を薦めてきては借金させようとしてたし。まあだからこそ、こっちとの取引も続けられていたし、私が死んだら困るからか商品自体はまともだったけど」
割れ鍋に綴じ蓋とはよくいう物で、お互いひねくれてはいたが利用価値があったみたいだ。まあ、仮に商人が死ななかったとしても、それが長く続いていられたかは怪しい所だが。
「なるほど、では今回もリーンさんの身体を狙っているような悪徳商人を中心に攻めてみますか?」
「商品がちゃんとした物なら、どんな奴でも問題ないわ。でもいざとなったら殺しても問題ないくらいの立場の人間を取引相手ににするつもりよ。狙い目としては大店の関係者じゃなくて、かつ流れ者とかね」
「わかりました」
テオルドは思う。はて、そういえば自分はいざとなったら殺されても問題ない人間じゃないのだろうか? まず家については僻地であり、自分の身になにかあってもそうそう発覚しない。店としても都市に登録してないので、税関係の調査として人が来ることもない。ていうか鑑定の仕事で利益は出しているが、店内の商品の売買なんてものは殆どないので、そもそも客が来る事も殆どない。来てもあんなあやしいもん買わねえし。
あれ? いざという時が来たら、自分もリーンに殺されるのでは? とテオルドが考え込んでいるとリーンが話の続きを始めていた。
「で、あんたにして欲しいことは、商品がまともかどうか、それだけを見てくれればいいわ。まともな商品を売っている商人なら、そこからは私が交渉するから」
「それだけで良いんですか? 自分も商人のはしくれですから少しは交渉もできますが」
「いらない。相手の人となりは全て私が話の中で把握していくから」
「分かりました」
リーンの意見に納得すると、早速テオルドが市場に並んである商品を一つ一つ鑑定していく。
「なるほど、ふむふむ。ほう……」
「どう、信頼できそうな人はいた」
「少なくとも、この周囲にいる商人は全員ダメです」
テオルドが確認できた限りではあるが、全員失格だった。
「まあそんな気はしたけど、中にはまともそうな人もいたけどそれも? 例えばあいつとか」
リーンの後ろで屋台を切り盛りしている商人の青年を指さした。割と繁盛しているようで、客が何人も列を作っていた。
「確かに、人間性は悪くなさそうですが、商品はまともではないですよ。彼、冬姫草と月光石を混ぜた魔物除けの粉を売ってましたよね」
「あったわね、見た目的に新しそうだし、値段も妥当だったから気にはなってたんだけど」
「あれ、調合の比率が間違っていて魔物除けの効果がかなり落ちてます」
二人の声は、問題にしている出店の人間には聞かれていない。良くも悪くも賑わっている場所なので、声がかき消されてしまうのだ。故に、二人とも遠慮なく話を続ける。
「本来の効力は粉十グラムに付き、魔物除けの効果は約一時間です。対してあれは、粉十グラムにつき効果は十分間という所です。条件によっては更に減るんじゃないでしょうかね。例えば風が少し吹いていて、自身の身体に上手く粉が付着しなかったりとか」
例の青年は人のよさそうな顔をしている。実際に、テオルドやリーンから見ても、特に陰のありそうな所はない。
「単純に劣化品を掴まされているってところかしら」
「でしょうね、彼が売っている他の商品にも気になる所はありますし、彼と取引することは止めた方がいいと思いますよ」
「性格が良くても、誠実さを履き違えてる輩はいらないわ」
青年はリーンの取引相手として失格だと判断された。テオルドもまあ当然だなと思う。
そうして、テオルドがまた商品の品定めを開始する。しかし、どこを見てもテオルドは納得しない。これは骨が折れるなと思っていると、一つだけ気になる商店を見つけた。
「リーンさん」
「なに?」
「あの人達のお店、少なくとも商品自体は良いですよ」
テオが指差した先には、小さなゴザを広げた男女二人組がいた。男の方は少年といった感じだ。黒いフードとマントを身に着けている。ところどころ破けたりほつれたりしているところを見ると、かなり年季が入ってそうだ。
女性の方は非常に美しい女性だった。リーンよりも少し年上の女性で、流れるような金髪と澄み切った青い瞳が印象的な女性だ。背中に弓と矢筒を身に着けていて、どちらかというと商人というよりハンターと言った方が正しい。その女性が正座をしながらじーっと黙っている。
その二人組の内の少年の方が、テオルドとリーンを見つけると声をかけてきた。
「どうですか、うちは小さいですが品物は良いですよ、是非とも見てってください」
リーンがテオルドを見ると、テオルドは小さくうなずいた。
「商品の方は保証します、後は交渉をどうぞ」
「わかったわ」
そういうと、リーンはその二人組の所へと近づいて行った。




