第三話 テオルド・デッド
あれからどれだけ時間が経ったのか、日も落ち、夜が更けて、それでもまだアデルトの店の床で寝転がっていたリーンが、ついに目を覚まそうとしていた。
「うー……」
起きたばかりのリーンの機嫌は非常に悪い。髪はボサボサ、目付きは睨み、ここはどこだと周囲を確認して敵の有無を把握する。胡坐をかいた年頃の少女が適当に髪をかきむしりながら周囲を威嚇する有様には淑女としての全てが備わっていなかったが、そんなもんはリーンにとっては知った事ではなかった。
だが、リーンがどれだけ周囲を確認しても店内にはくそ気味が悪い品物以外の何かがあるわけでもなく、そこでようやく目が完全に覚めた。
「ここは、あの糞野郎の店……」
「ようやく目が覚めましたか」
いつの間にか近くに来ていたアデルトがリーンにそう声をかけるが、彼は既に夕飯も済まし、風呂にも入り、青と白のシマシマ模様の寝間着に着替えてお休み一歩前といったところだった。もう夜も更けに更けていた。
「外に放り出してやろうとも思いましたが、さすがに女性を野原に転がしておくのもどうかと思ってそのままにしておきましたよ」
「別に、雑草があるだけ暖かいし、そこいらに放り出しといた方が良かったのに」
「そうですか、次からそうします」
野生児の常識を知らないアデルトに、また一つ無駄な礼儀作法の知識が増えた。今後、これを活用する機会は特にないだろう。
「で、あんたなんでまだ無事なのよ」
リーンが訝し気にアデルトを見ていた。
「なんでというのは、これについての話ですか」
そういうと、アデルトが赤い宝石がはめられた首飾りを見せてきた。リーンがこの店に持ってきた奴である。
「うっ……」
それを見たリーンの顔が引き攣った。
「その様子だと大分ひどい目にあったみたいですね」
アデルトの話にしかし、リーンの表情がすぐれない。
「そんなもの見せないで」
「おっとすみません、失礼しました」
取り出した首飾りを懐にしまい込んだ。
「私がなんで無事なのかは置いとくとして、これが何かもう分かっているみたいですね。そうですこれは――」
「人を呪い殺す為の呪具、そうでしょ?」
リーンがそう答えてきた。
「いつも通りダンジョンに潜れば、いきなりの落とし穴から未知の魔物が蠢く階層に落とされる。なんとか切り抜けて見れば、食料も水も無くして、よくわからない自生していたキノコや草を食べる羽目になる。それでも地上に戻ってくれば、私を狙った奴らが一致団結して四六時中寝る暇もなく襲い掛かってくる」
「最後のは自業自得だと思いますがね」
アデルトの横やりにリーンが睨みつける。
「おっとすいません、話の続きをどうぞ」
「他にも、隠れ家は全部荒らされているわ、取引していた商人は殺されるわ、横流しした発掘品の税金まで徴収されるわ」
「やはり自業――」
「なによりも!!!」
アデルトの言葉を怒声で遮る。リーンのような強者であれば相手を黙らせるのに単語すらいらない。声量と肺活量のみを議論における唯一の武器として使う術を知っている。
「親友が、もう私に会いたくないと告げてきた……」
リーンがそこでぽろぽろと涙を流し始めた。
こいつにも親友がいたのか、熊か猪辺りを生きるための先達にしていそうな人の形をした四足獣のような生物に、人間の言葉を話せる生き物との交流ができるなんて世界には不思議な事がまだまだあるんだな、とアデルトは思ったが口には出さないで置いた。殺されそうだからだ。
「だから、それは人を精神的に追い詰めて殺す呪具だ、間違いない!!」
「いえ、結論から言えば少し違います」
リーンの言葉をアデルトは訂正した。
「これは契約者の周囲にハイリスクハイリターンの出来事を引き起こすものです。精神的に追い詰めるではないです」
「ハイリスク、ハイりたああああん?」
特にリターンの言葉の部分でリーンが感情を込めた。
「どこにリターンがあったのよ」
「未知の魔物なら新しい素材も期待できますし、食べた草やキノコにも何か特殊な物だったかもしれません。襲ってきた人間達も、敵意を持った人間が一か所に集まった事で、自身の潜在的な敵も炙り出せたはずです。そういえば襲ってきた人間達はどうしました?」
「外で殺すと面倒だから、ダンジョンに誘導してから皆殺しにしたけど。今頃死体を魔物達が食いつくして、糞にでもしてるんじゃないの」
冷静なシリアルキラーの御言葉に、アデルトも微笑みで返す事しかできなかった。
「じゃあ隠れ家が荒らされたのは? 取引してた商人が死んだのは?」
「隠れ家は元々ばれていたとか、もしくはそれ以上の隠れ家が見つかるとかでしょうか、そちらは分かりませんが商人の方は簡単ですよ、何故かはすぐにわかりました」
「商人が死んでどんなリターンがあるのよ」
「もしも商人にこの首飾りを売るか押し付けるかで渡していたら、呪いが解けなくなっていた可能性が高いからですよ」
そういうと、テオルドが先ほどの首飾りを見せた。
「これは触れた人間全員に呪いを掛けますから、商人に渡しても呪いが解けない上に、それが何処かに売られて無くなりでもしたら、私でも呪いを解けなくなっていました」
テオルドの言葉に噛みつこうとしたリーンであるが止めた。テオルドは今の所、ふざけたことは確かに言うが、嘘は言っていないからである。
「呪いの解き方は秘密ですが、解くにはこの首飾りの実物が必要なんですよ。ですからこの首飾りを無くしていたら、私でもどうしようもなかったわけです」
首飾りのチェーンを揺すりながらテオルドが楽しそうに話す。実際に楽しいのだろう。道具屋として培った知識を客に楽し気に話すというのはモラルの点から見ても悪い物ではない。それが呪具であるという点を除けば。
そのテオルドを少し警戒しつつも、リーンは威勢を保っていた。
「で、なんであんたはそんなこと知ってんの。探索者として、魔力も何も発さずに、人を呪い殺せる物があるなんて聞いたこともないんだけど」
首飾りを懐に再度しまってから、テオルドが身を整える。整えてもパジャマ姿なので威厳等はマイナスにしかならないが、一応礼儀として襟は正しておいた。
「この私、テオルド商店の主にして鑑定のスキルを持ったギフテッドの一人、テオルド・デッド。これからも探索の際に貴重なアイテム等が手に入った暁には、どうぞよろしくお願いします」
テオルドはそういうと、頭を軽く下げた。




