第6話 HR
~HR~
「――はい、というわけで。夏休みだからってあまり調子に乗らないようにね」
山中先生が夏休みの注意事項を生徒たちに伝えていく。しかし通知表を配り終えた直後なので、まだ教室内は興奮した空気に包まれていた。
そのせいか、山中先生がクラスの面々に向かって夏休み前のお決まりのセリフを話していても、誰もそれをまともに聞いてはいなかった。
しかし、山中先生もそれを承知の上なのだろう、特に気にする様子もなく義務的に連絡事項を伝えていった。
そんな中、秋たちは真面目に先生の言葉に耳を傾けていた。そこには、ここで変に山中先生の心証を悪くしても良いことはない、という気持ちがあった。せっかく旧校舎に入れる絶好の機会なのだから。
とはいっても、山中先生はそんなことをいちいち気にするような先生ではないこともわかっていた。そもそも秋たちは、普段から山中先生の話はきちんと聞かなければ、という気持ちに自然となってしまっているのだ。
そしてそれは、自分達が山中先生を心から慕っているからだ、ということも自覚していた。
「調子に乗るなって言ってもよぉ、こんなクソ田舎で調子に乗れるようなところがあんのかよ?」
秋の前の席に座る直が、吐き捨てるようにつぶやいた。秋の隣の席にいる花が、「ひどーい」と小声で返した。
「まあ、つまり。夜中に原付バイクで走り回ったり、誰かの目が届いているところでタバコを吸ったりするなってことよ、直君」
直のつぶやきを聞いていたのだろう、山中先生がたしなめるように言った。
クラス内にささやかな笑い声が起きる。地獄耳かよ、と直は小さく悪態をついた。
「あ、だからといって隠れてなら良いって意味じゃないからね」
山中先生が念を押すように付け足した。とはいっても、山中先生もクラスのみんなも、直がもうそんなことをしていないことは知っている。
「うるせぇなあ。そんなつまらねぇことしねぇよ。そもそもタバコなんてよぉ、別に隠れて一人で吸ってる分には誰かに迷惑かけるわけじゃねぇだろ」
直は面倒くさそうにつぶやくが、その言葉に花が反応する。
「お決まりなセリフだよねえ。迷惑はかけてないけど、心配はかけてるじゃない」
「心配をかけてる時点で、迷惑もかけてるけどな」
花の言葉に秋も同調する。
秋の言葉に「だよねぇ」と花が笑った。
「あ、そういえば花、ノートなくなっちゃったよね。また買いにいかないと」
思い出したように秋がいう。それを聞いた直がだるそうに机に突っ伏した。
「・・・そうだね。帰りに山本屋で買おっか」
花はそう答えたあと、どこか気まずそうに沈黙する。
山本屋というのは、この町に唯一ある文房具屋だ。田舎の文具店ということで、外装は古びているが、なぜか品ぞろえはものすごくいいので、学生たちにかなり重宝されている。
秋と花は「会話ノート」というものを共有していた。それはどこにでも売っているような小さなノートなのだが、二人は授業中によくそのノートを使って筆談をしていた。
筆談の内容は、くだらない冗談を言い合ったり、絵しりとりをしたりと、他愛のないものばかりなのだが、それらのやりとりは二人にとって、とても特別なものだった。
花は少し鼻にかかった声をしている上に、舌足らずな話し方をする。そしてそれが、どこかほんわかとした甘ったるい、独特の雰囲気を作り出していた。それは花の大きな魅力となっていて、秋はそんな花の声と話し方が好きだった。
そして、花の書く文字にも、そんな花の話し方や性格が表れていた。なので、いつも秋は筆談をする度に、今にも花の声が聞こえてきそうだと感じていた。
「あの、そのことなんだけど、しゅうちゃん・・・」と花は何か言いかけたが、秋と目が合うと、また口をつぐんでしまった。
「何?」
秋が不思議そうに尋ねた。
「ん。いや、なんでもない」
花はあわてて訂正する。
「え、でも――」という秋の言葉を、山中先生がさえぎった。
「じゃあ、これで解散。学級委員さん、最後の号令よろしく」
山中先生の急な呼びかけに、学級委員である花は少し面食らいつつも「き、起立」と声を上げた。
そんな花のことを、山中先生はなぜか感慨深そうに見守っている。
ガタガタと椅子がひかれ、みんながそわそわと落ち着かない様子で立ち上がった。
「今日でこの学校ともお別れです。さみしいね。とはいっても、学校が替わってもこのクラスのメンバーはそのままだから安心だよね」
そう言って、山中先生は生徒たちを優しく見渡した。そしてぱん、と手を叩く。
「では、また新しい学校で会いましょう」
それを合図に花が「礼」と言おうとしたが、その2文字を言い終わらない内に、クラスメイト達はたくさんの荷物を抱えて、わっと教室から飛び出していった。
次回は本日19時に更新予定です。ごちそうさまでした。