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第4話 旧校舎の12不思議

 ~旧校舎の12不思議~

1.


 秋が教室に入ると、大多数のクラスメイトがすでに登校していた。自分の席まで行くと、前の席には秋の悪友であり、遅刻魔の遠藤えんどう なおがめずらしく先に座っていた。


「おー。早いじゃん」

 秋は直に声をかけつつ自分の席に着く。

「ああ、なんか明け方に目が覚めちまったんだよ」

 直は無愛想に応えるが、秋が来たことで幾分(いくぶん)か機嫌が良くなったのがわかった。


 直は学校でも町でも問題児として知られている。かくれて喫煙をしているとか、無免許でバイクに乗って補導された、なんてうわさもある。

 くわえて、いかにもガキ大将といった風貌(ふうぼう)なので、良く知らない大人たちからは偏見の目で見られることが多かった。


 この中学に通う生徒はほぼ全員が小学校、または幼稚園からの顔見知りだ。直は家庭の事情で中学から転入してきたのだが、彼についてのうわさはすでに町中の大人が知るところだった。

直のお母さんが若くて美人というのも、みんなの目をひいたのかもしれない。


しかし秋は、直とはなぜか最初からウマが合った。

 

 秋も当初は、自分の母親から「念のため、その子には気をつけておきなさい。知らんけど、一応ね」と言われたほどだった。秋の母は偏見というものが大嫌いなあっけらかんとした人間だったので、秋はそんな母の忠告に驚いたし、それで直という未だ見ぬ転入生に緊張を感じた。


 しかし、実際に会ってみたら何てことはなかった。直という人物はただの心優しい、不器用な男だったのだ。


 確かに、言葉遣いや、ふるまいはかなりぶっきらぼうだ。周りの子に暴力をふるうことなんてことはなく、痛烈な皮肉は言うが、人の悪口は決して言わない。

また、意外と歳下の子への面倒見もいいので、小学生の子達からはお兄ちゃんのように慕われている。


秋は直のうわさについて本人に確認したことがある。直いわく、「前に、ほんの少しだけ」やったことはあるらしい。何がほんの少しだけなのか知らないが。

しかし、今はそんなことをしていないのは、いつもいっしょに過ごしている秋が一番よくわかっていた。


 それこそ最初は直に話しかける子は、秋と花くらいしかいなかった。しかし、クラスメイト達もそんな彼の性格を知るにつれ、少しずつ打ち解けていった。

秋の母もいつの間にやら直をかわいがり、直のお母さんとも仲良くしている。


百聞は一見にしかずよ、うわさの判断なんてそれで十分、というのは秋の母や山中先生の口ぐせだ。秋もその通りだと思っている。

そして秋も、直のお母さんから手作りのお菓子をよくもらうので、俺もかわいがられてるな、と感じている。


 直に関するうわさが真実かどうかはおいておくとしても、彼の普段の態度や、よく授業をサボったり遅刻したりすることは、大人たちから問題視され、一部の生徒や先生からは(うと)まれていた。


 そんな状況をみた秋は、良い子の基準が何なのかわからなくなった。単純に大人から認められたら良い子なのだろうか。

 同時に秋は、自分たちの評価が直の社会的な価値を決めるわけではないと気づき、自分は子どもであるということを思い知った。


 いつだったか、学校からの帰り道で秋がそんなことを直にぼやいたことがある。すると直は「くだらねぇよ」と秋の言葉を一蹴した。


「俺たちはまだガキなんだ。大人に守られている内は文句なんて言えねぇんだよ」

 秋はそんな直の悟ったような言葉に納得ができなかった。

「でも、直は悔しくないのか?」

 直は秋の言葉に、少し複雑そうな表情を浮かべて言った。

「そりゃ、悔しいさ。できることなら俺や母ちゃんのことを悪く言う連中を、一人ずつ殴ってまわりてぇよ」


 そう言って、直は自分のポケットをあさる。どうやらガムを探しているようだった。しかし、目当てのものがないことに気づくと、道に落ちていた空き缶をつまらなさそうに蹴った。


「でもな、仕方ねえんだよ。そんなことしたって意味がねえ。だから俺は早く大人になりてえんだ。中学出たら車の整備工場かバイクの店で働いて、金稼いで、でっかいバイク買って、母ちゃんを旅行に連れてってやりてえんだよ」

「いや、母ちゃん乗せてバイクで旅行は危なすぎるだろ」


 秋はそう言って笑ったが、直がそんな先のことを考えていることに内心驚いていた。自分はこれから先のことについてなんて、ただ受験をして、家から通える距離の高校に行くんだろうなぐらいにしか考えていなかったからだ。


 そのとき秋は、学校を卒業したら働くと言った直がとても大人に見えたし、それに比べて自分があまりにもばく然とした目標しか持っていないことに、恥ずかしさと焦りを覚えた。


 そんな秋の心を見透かしてか、直が言った。


「別にお前は今のままでいいんだよ。お前の良さがなくなっちまうからな。少なくとも俺は卒業するまで、お前と一緒に青春を楽しもうと思ってるぜ」


 青春だって。アツいなぁ、という秋に、直はうるせえ、と蹴りを入れて笑った。


2.



「――で、お前、今日のこと忘れてないよな?」

 直が秋の机にひじをつきながら聞く。その目がいつもより輝いて見えるのは気のせいではないだろう。


「もちろん」

 きっと自分も直と同じように目を輝かせているんだろうな、と思いつつ秋は答えた。

「だよな。だってめったにない機会だぜ。なんせ生徒は完全立ち入り禁止の、あの旧校舎を探検できるんだからな」

 興奮ぎみに話す直を秋はあわてて小声で制する。

「しぃー!この話は絶対に内緒なんだからな。このことがばれたら俺たちだけじゃなくて、山中先生も校長に怒られるんだぞ」

「ああ、そうだった。わりぃわりぃ」

 直は片手をあげながら、全然悪いとは思っていない口調でへらへらと謝った。


 今日の旧校舎の探検は、秋たちのクラスの担任である山中あかり先生が特別に許可してくれたものだ。


 今は廃部になってしまったが、山中先生は秋が小学生の頃に小中学校の水泳部の顧問をしていた。

 平泳ぎで県の代表に選ばれたこともある秋は、小学生の頃から山中先生と親交があり、そのおかげか山中先生は秋のことを特別に可愛がってくれている。

 そして、そんな秋の一番の友達で、何かと目立つ生徒である直のことも、山中先生は「昔の私に似ている」といった理由で色々と気にかけているのだ。


 教師なんてろくなもんじゃねぇ、といつも言っている直も、山中先生だけには心を許しているようだ。


 まあ、山中先生はとびきり美人で有名だからな。きっと今度の横山の祭りでもひっぱりだこになることだろう。特に組合のおじさん連中にだが。


「――そういえば、花も一緒に来るんだろ?」

「もちろん。絶対いくって言ってたよ」

 秋がそう返すと、気のせいか直は少し頬をゆるませた。


「あ。あの座敷童子ちゃんは来ないのか?」

「・・・桃子な」

 秋はため息を吐きながら訂正する。

「一応話はしたけど、めんどくさいからやめるってさ」

「まあ、そうだろうなあ」

 直は納得した様子でうなずく。

「・・・んで、山中先生は何だって?」

「終業式後のホームルームが終わったら、この教室で待ってろだってさ」

「ふーん。せっかくだから夜まで探検できるか聞いてみようぜ」

「何言ってんの。俺、その後に桃子との約束あんだから」


 すると、直は渋い顔をして言う。

「出たよプレイボーイが。でもお前、それは誤解されるぞ。花に愛想尽かされても知らねえからな」

「何でそこで花がでてくるんだよ」

 秋はあせって反論する。

「ま、いいさ。そんときゃ俺が花をもらってやるからよ」


 冗談めかして直は笑ったが、その目にはちら、と真剣な色が浮かんでいるようにみえた。


「・・・それより、旧校舎には12不思議ってのがあるんだろ?それってどんなのがあるんだ?俺はちょっとしか知らねぇから、教えてくれよ」

 直は秋が返答に困って沈黙しているのにもおかまいなしで話を変えた。


 こいつ、本当にマイペースだよな、と秋は半分感心し、半分あきれつつも直の話に付き合う。


「えーっと、とりあえずはこれだな」

秋はえんぴつと、机に入っていた漢字テストのプリントを取り出し、プリント裏の白紙に書いて説明する。


1.包丁おばけぷりぷり

2.動く初代校長の像

3.悪魔の自画像

4.夜中に活動するサッカー部

5.白い人

6.黒板の妖精

7.図書室の女の子

8.声をもらう子

9.片腕教師


「ああ?なんだよ。9個しかないじゃねぇか。残りの3つは迷子かよ?放送で呼び出すか?」

 直は眉間にシワを寄せながら突っ込みを入れた。その納得していないような顔をみて、秋はあわてて補足を入れる。


「この12不思議ってやつはころころ変わるんだよ。ほとんどが作り話なんだから、正しく把握してるやつなんて誰もいないと思うよ。俺が小学生だったときは、夜中に活動しているのはサッカー部じゃなくてバスケ部だったし。それにその前は水泳部だったって山中先生が言ってたぞ」


「なんか、信憑性のない怪談だな」

 直はがっかりしたように天井をみる。

「俺に言うなよな。そもそも12不思議ってのがおかしいからね。普通は7不思議のはずだろ」

 秋は、自分は悪くないとばかりに反論した。しかし、確かに直の言うことはもっともだった。


「しかもこの包丁おばけぷりぷりって、何だよ。ふざけんてのかよ。ぜってー怖くねえだろこれ。どうせ低学年の奴らが考えたんだろうな」

 直は12不思議が書かれた秋のプリントを指でとんとんと叩く。

「だろうね」

「この『声をもらう子』ってなんだ?」

「確か、その子に、自分の声をあげると友達になってくれるって話だったかなあ・・・」

 秋は自信なさげに答えた。内容も人魚姫の真似た感じだし、ホラーとは少し違う気もする。きっとこれを考えたのは女の子だろう。


 どうやら直も秋と同じことを思ったようだ。


「それも怪談としてはびみょーだよなあ。友達がいない奴には需要がある話なんかね。ま、いいさ。俺たちの目的は初代校長の像と悪魔の絵を見つけることだからな。それはちゃあんと信憑(しんぴょう)性があるんだろ?」

「うーん、多分ね。保証はしないけど」


 実際、秋の目的は12不思議とは別のところにあった。しかし、これだけ初代校長の像を楽しみにしている直を前にそのことを言うのは、何とも野暮というものだろう。

 それにしても、この学校の生徒たちはこの手の話が大好きだよなあ。田舎だから刺激のある話題に飢えているのだろうか。この間見たネット動画でも、アメリカの田舎の若者たちが無茶なことして遊んでたし・・・。

  おっさんの銅像なんてわざわざ探してまで見たくないけどな。


 そんなことを考えながら秋は窓の外を眺めつつ、まだ教室に来ていない花の姿を探した。


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