第3話 桃子
~桃子~
森下 桃子は学校へと続く並木道を、小さな歩幅でのろのろと歩いている。
もともと小柄で色白のせいか、陶器のようになめらかな頬は赤く紅潮していた。
二歳年上の姉である桜子は、桃子が朝ごはんを食べる頃にはとっくに準備を済ませ、さっさと家を出てしまっていた。
桃子たち姉妹は周りからは美しく、品行方正で、清楚な姉妹という評価を得ている。
しかし実際のところ、桃子と桜子は見た目の美しさは同じとしつつも、性格は全く対極の位置にあった。
桜子はまさに大和撫子を絵にかいたような人で、誰に対しても礼儀正しく、勉強もスポーツもでき、友達も多い。さらに小さな学校ながらも生徒会長という役職についていて、教師達からも頼りにされている存在だ。
それにひきかえ桃子は、運動神経はまるでなく、明るいわけでもなく、おっとりとした性格をしている。相手に対して表向きは物怖じしない姉に比べて、桃子は人と関わることが大の苦手でもあった。
その上、生まれつき体が弱いせいか、よく熱を出して寝込んでしまうようなあり様だった。
そういったこともあり、桃子は友達と外で遊ぶよりも、一人で本を読んだり、音楽を聴いたりするほうが好きという完全な引きこもり気質となっていた。
さらに桃子は極度のめんどくさがり屋で、面倒なことはとにかく避けている。やらなければいけないことは必要最小限にし、余計なことはしない。ただ自分の好きなことを、自分のペースでやりたいと思っていた。
そんな性分もあってか、よく周りからは「変わった子」だと形容されていた。
しかし、周りと違うということは桃子自身も自覚していることだった。なので今では、自分が気にしなければ別にいいのだ、と悟るようになってしまった。
幸いにも勉強においては、桃子も姉に負けず劣らず良い成績を収めている。そのおかげで周りの大人たちは、変わった子イコール頭が良い子だと解釈してくれ、温かい目で桃子のことをみてくれている。そして学校の子どもたちも、そんな桃子には一目置いてくれていた。
・・・まあ、それは桜子の妹だという効果もあるのだけれど。
そんな桃子にも、唯一心を開くことのできる人がいた。
秋は、今日の終業式の後、私の家に遊びに来る約束、覚えているだろうか。
桃子はそんなことを思いながら、今日は秋と何をしようかと考える。秋は桃子より一つ年上だが、桃子の数少ない理解者だ。
桃子と秋は趣味がよく合い、秋が薦める本や音楽は必ずといっていいほど桃子のお気に入りになった。逆に桃子が薦めるものも秋は気に入ってくれるので、せまい田舎の環境でこれほど貴重な存在はいなかった。
いつのまにか、秋と一緒に図書室で本を読んだり、部屋でお気に入りのCDを聴いたりすることが桃子の最も好きな時間となっている。
以前、自分が持つ不思議な力について秋に話した時も、秋は素直に信じてくれた。
それまでは人に話すのが怖くて、桜子にしか話したことがなかった、秘密。
桃子は秋のそんな態度に心から安堵し、秋のことを心から信頼した。思い切って話して良かったと心から思った。
秘密の共有者が一人増えたことは、桃子にとってとても心強いことだった。
終業式が終わったら秋と図書室で何かDVDを借りようと、桃子は決める。
こんな田舎にはDVDを借りられるようなお店がないため、学校側がわざわざ図書室にDVDを仕入れてくれているのだ。学校という立場上、動画配信サービスをすすめるわけにもいかないのだろう。
そんなことを考えているうちに桃子は、「桜谷山白滝」という名前の、小さな滝の前に来た。
そこにはささやかながらも小さな祠がある。何を祀ってあるのか不明だが、そこでお参りすることが小さい頃から桃子の習慣となっていた。
そして、誰かが備え付けた木製の手作りベンチに腰掛け、そこでしばらく休むのが、桃子のお決まりの登下校パターンとなっている。
そこで桃子は、「終業式の後にちょっと用事が入ってる」と秋が言っていたことを思い出す。そういえば待ち合わせはそれで16時になったのだった。
確か、旧校舎をのぞきに行くからとか何とか。
そういえば、私も桜子に誘われたような気がする。確かめんどくさくて断ったのだった。
そこで桃子は、お人好しの自分の姉のことを思う。
桜子は世渡り上手なくせに、いつも肝心なところはどんくさいんだから。
私はDVDだけ借りて、先に帰って秋を待っていよう。
桃子はそう考えながら、足取り重くのろのろと歩き続ける。
まさかこれから、長い長い、奇跡のような一日が待ち受けていようとは、今の桃子には想像もできなかった。