第2話 秋
~秋~
――ああ、やっぱりカメラを持ってくればよかった。
鈴木 秋は小さな後悔を抱えたまま、ゆったりとした長い坂道を下っていた。
その道の途中で軽トラックとすれ違う。先ほど秋が歩いた道をたどるかのように、その軽トラックは気だるいエンジン音をたてながら坂を上っていった。
山と川に囲まれた、この町。町に寄り添うように流れる「山萩川」と呼ばれる川は一級河川ということでとても大きく、幅が広い。
だからなのか、この町の近くにある山萩高校にはボート部というものがある。練習環境に恵まれているおかげか全国大会の常連で、秋たちも毎年、家族や友達、近所の人達みんなで応援に行っていた。
秋は灯油屋の前を通りすぎ、少し足を止める。そしてショルダーバックからお茶の入ったタンブラー式の水筒を取り出した。この地域では夏の定番の飲み物といえば麦茶ではなく、なぜか緑茶なのだ。
秋は氷がたくさん入って冷えすぎた緑茶を一口飲むと、ほっと息をついた。
今日で廃校だっていうのに。せっかく校舎とか記念撮影しようと思ってたのにな。
秋の通う中学校は橋を挟んで二つの校舎に分かれている。
一つは「生活校舎」と呼ばれる、生徒達の教室や、職員室、特別教室がある校舎だ。
そしてもう一つは「旧校舎」と呼ばれる閉鎖校舎だ。この旧校舎、大きさが生活校舎の2倍もある。十五年前まではこちらがメインで使われていたのだが、校舎の老朽化が原因で、以前から立ち入りが禁止されていた。
今ではそこは開かずの校舎とされ、生徒達の間ではそのまま旧校舎と呼ばれている。
そして今日、秋は直や花と一緒にその旧校舎を探検することになっている。担任の山中先生が最後の記念にと、特別に旧校舎の中を見せてくれるそうなのだ。
旧校舎には色々なうわさ話が伝えられている。その中には「悪魔の絵」と呼ばれている自画像や、夜になると動く初代校長の銅像などがあるらしい。
もしかしたら、それを今日確かめることが出来るかもしれない。とはいっても、秋はそのことにあまり興味はなかった。
そこで秋は花の顔を思い浮かべる。花は旧校舎のうわさ話に興味津々といった様子だった。そんな花を見ていたら「まあそういうのもいいか」という気持ちになるから不思議だ。
ああ、やっぱりカメラを持ってくれば良かった。家に取りに戻れば良かったかな。
でも、今さら家に戻るのもめんどーだな。スマホのカメラでいいか。
そんなことをまた思いながら秋は、今や目の前に見える学校へ向け歩みを進めた。