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そしてボクらはクソに染まる

放課後――黒崎悠斗はゲームショップに来ていた。

目的はそう、''クソゲー探し''

何がそこまで掻き立てるのか、彼はクソ映画やサメ映画を愛する人間である。その延長線上かクソゲーも嗜んでいた。

このゲームショップは掘り出し物が多い。

クソゲーを探すにはもってこいの場所なのだ。


(あ、これ――探してたやつだ)


目を引いたのは、一本のゲームソフト。

手書きのPOPにはこうあった。

 

『マジ苦痛!楽しくない!何だこのゲーム!?』

 

ネットで有名になったゲームソフトだ。

難易度調整ミスりすぎな固すぎる敵。グラフィックの使い回し。棒演技。声優のNG音声混入。つまらない上に説明不足でストーリーは意味不明。ゲームが止まる理不尽なフリーズ。

そして想像の五倍は超える圧倒的バグの多さ――


悠斗はPOPを見ながら、ニヤリと笑う。


(いい⋯すごくいい!!)


ケースを手に取る。

裏面の説明文には


『圧倒的難易度に君も挑戦しよう!!』


と喧嘩を売っているかのような煽り文があった。


(殺して〜数多のゲーマーがクリアできない難易度のくせに何言ってんだよ) 


ニヤニヤしてパッケージを見ているときであった


「お!お主!そのクソゲーを買うでござるか!!」


背後から突然声が聞こえた。


(はぁ?⋯ござる?)


謎の語尾に困惑して振り返る。

そこには眼鏡をかけた少年が立っていた。

無造作なボサボサな黒髪。

カバンにはアニメのキーホルダーが鬼のようにじゃらじゃらとぶら下げ、首にはヘッドホン。

なるほど、見た目からわかる''そっち系''の風貌。

――そして、自分と同じ制服を着ていた。


(同じ、学校?なんだこいつ⋯)


そんな悠斗の反応を知らずにか気にしてないのか、少年はガンガン話しかけてくる。


「そのゲームは生半可な気持ちで買ってはダメでござるよ!クリアした先輩からのアドバイスでござる!」


「はぁ!?お前、これをクリアしたのかよ」


「ふふーん!拙者、苦しみながらクリアしたでござる!」


「えぇー⋯やば」


「あれ?引かれてる?拙者引かれてるの?」


「誰か知らない初対面が、そんなこと話してくりゃ引くだろ」


「おぉっ!そうであった!まだ自己紹介してなかったでござるな!拙者、桐野琉宇(きりの るう)というもの。二年生でござる」


少年――琉宇はぺこりと頭を下げる。


「そうかよ、よろしく⋯俺は黒崎悠斗。二年。」


「黒崎殿!よろしくでござる!!で、買うんでござるか!!」


「⋯買うけど、探してたやつだし」


「おぉ〜やはり同士!!クソゲー愛好の者でござるか!」


「まぁ⋯」


「おぉ〜!!同じ学校で同学年でいたとは〜世間は狭いでござる〜!!」


ぴょんぴょんと嬉しそうに琉宇は跳ねる。


「ぴょんぴょんするなよ、ここ店だぞ」


「はっ!?申し訳ない!!つい、嬉しくて⋯」


「あーそうかよ」


そう言い、レジに向かう悠斗。当然のように琉宇がついてきた。


「黒崎殿〜同士よ〜!プレイしててわからないことがあれば言ってくだされ!⋯まぁ、バグだらけで参考にならんでござるが⋯」


「いいよ、そんなの⋯お前、なんでそんなくっついてくるんだよ」


「周りの連れは誰もこの話共感してくれないんでござるよ〜」


「だろうな、よーく分かる」


レジで会計を済ませ、悠斗は店員から袋を受け取る。

何故か店員からは頑張ってください!と鼓舞された。


(POP書いたのこいつか⋯)


店を出た瞬間、琉宇がすぐの横に並んだ。


「今日は、勇気を持って黒崎殿に話しかけてよかったでござる!話しかけて、『え、ごめんなさい⋯わかんないです』って言われたの何回あったことか」


「常習犯なのかよ!絶対やめろよそれ!」


「もう、しないでござるよ〜黒崎殿という同士に会えたんでござるから」


(変なのに粘着されたな⋯)


「だ・か・ら⋯」


そう言い、すっと琉宇はスマホを取り出す。


「連絡先交換して欲しいでござる♡」


「い・や・だ」


「えー!!そんな殺生なー!!」


「なにが『だから』なんだよ、ふざけんな」


「せっかく出会った同士でござるよ!!語りたいでござる、語りたいでござる〜!!」


「なんで二度言った?そもそも初対面で距離近すぎて怖いんだよ!」


「それは申し訳ないでござるが、一切反省しないでござる!こんな機会またとないことでござるよ!」


「うわっ⋯めんどくさ⋯」


「頼むでござる〜頼むでござる〜!!」


(めんどくせぇ〜いっそ逃げるか?)


そう考えた時、スマホが鳴った。

どうやら琉宇の着信のようだ。


「おおっと!失礼!⋯ん?美那ちゃん⋯?」


画面を見ると不思議そうな顔をして琉宇は電話に出る。


「どうしたの〜?美那ちゃん♡にぃにに電話なんて〜⋯⋯え!?ママが道に迷った!?⋯も〜また〜?」


(え⋯誰?)


目尻が下がり、顔がとろけそうなくらい甘くなる。

さっきまで『ござるござる』言ってたヤツとは思えないほどの優しくて甘い声だった。

 

(ていうか、こいつ普通に喋れんのかよ⋯!)


「うん⋯うん、わかった!にぃにが迎えに行くから待っててね〜♡」


電話を切ったあと、琉宇はようやく悠斗の存在に気づいたらしい。

はっとして、顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。


「いいいいいいい、今の!き、聞いてたの!!?」


「あぁ⋯お前普通に喋れんだな」


「っ〜〜〜⋯は、恥ずかしいぃ〜〜〜!!」


両手で顔を覆い、琉宇はしゃがみ込んでしまう。


「いや、ござるの方が恥ずかしいだろ」


呆れたように悠斗は言った。


「お前、普通に喋れんなら喋れよ」


「うぅ〜⋯だって、拙者の口調、子供っぽいって友達に言われたんでござるよ〜」


顔を真っ赤にしたまま、指の隙間から悠斗を見上げる。


「あぁ⋯さっきの?」


「あれは究極系でござる!拙者のきゃわわな妹様の前では、この口調も屈するしかないのでござる!!」


「はぁ?⋯とんだシスコン野郎かよ⋯ちょっと普通にしゃべてみろよ、笑わねぇから」


「⋯⋯⋯⋯⋯ほんと?」


「あぁ⋯約束は守る」


悠斗は腕を組んだまま、じっと琉宇を見つめていた。

無愛想な顔であるが、その目は真剣で、からかうような色は微塵もなかった。

しばらくの沈黙ののち、琉宇はもじもじと指をいじりながら、目を逸らしつつ、ぽつりと口を開いた。


「⋯⋯⋯だって、ボク、ほんとはこんな喋り方なんだよぉ?子供っぽいし⋯ぜったい引かれるじゃんかぁ⋯友達は笑わないけど⋯でも、恥ずかしいじゃんかぁ!!」


言葉を重ねる度に声が小さくなり、さらに顔を真っ赤にする。


「なんだ、全然変じゃねぇじゃん」


ぽつりと呟く。

それは思ったよりもずっと自然で、優しい声だった。

まさかの回答に琉宇はきょとんとする。


「え⋯?」


「お前はお前なんだから気にするなよ、それでなんか言ってくるやつは殺せ」


「いや、物騒!!!感情どうなってるの!!?」


「赤の他人に、なんでそんなこと言われねぇといけないだよ、お前の何を知ってんだよ。だから殺していい」


「ひぇ〜⋯優しいのか物騒なのかわからないよ〜」


「優しかねーよ、優しいのは誰かさんだけで充分だ」


「⋯?」


「わかんねーなら、いいよ⋯つーか、行かなくて大丈夫なのかよ」


「えっ⋯⋯はっ!?そうだ、美那ちゃんが待ってるでござる!!では、さようならでござる!黒崎殿!!

⋯⋯ありがとう」


そう言うとカバンを持ち、琉宇は走る。

その顔は、憑き物が落ちたみたいに晴れやかな顔であった。


「⋯⋯ありがとう、ね。なんで、あいつに、あんなこと言ったんだ俺?⋯変な影響受けたのかな」


(⋯まぁ、いっか。これで会うこともないんだから)


夕焼けの中、悠斗は帰路に着く。

何故か、晴れやかな気持ちであった。


――――――――――――――


「黒崎殿ー!!ここでござったかー!!」


放課後――悠斗の所属する、オカルト研究部の部室のドアが開く。

そこにいたのは、昨日ゲームショップで別れた桐野琉宇の姿であった。


「なんでだよ」


「ふふーん!拙者の情報網舐めてもらっては困るでござる!黒崎殿がここに所属してること⋯そこの拓実殿から聞いたでござる!!」


琉宇が指を指した人物――悠斗と同じくオカ研所属の幽霊大好き荒川拓実である。


「ごめーん、黒崎。聞かれたから答えちゃった☆」


顔の前でごめんねのポーズを取る拓実に悠斗はイラつきを覚えた。


「ざっけんな、何しに来た」


「何しに来たとはひどいでござる!拙者言ったでござるよ!連絡先交換してくれって!」


「ちっ⋯忘れてなかったか⋯」


「あ!ひどいでござる!あの優しさはどこに行っでござるかー!!」


「悪いな、優しさは昨日で売り切れだ」


「補充して欲しいでござる〜!!」


「うわぁ〜!なにこれ面白っ」


「ざっけんな、荒川なんで教えた」


「え〜?琉宇とは中学時代からの知り合いだしー聞かれたから友達価格で教えただけだよ?」


その手には駅前にある体験型お化け屋敷の入場チケット――


「⋯買収しやがったか」


「お買い物上手って言ってくれよ、黒崎」


「そうでござる!''たまたま''荒川殿が黒崎殿のことを知ってて、''たまたま''拙者が持ってたチケットを''たまたま''荒川殿が欲しかったから、その情報をチケットと交換という形でやり取りしただけでござる!」


「それ、なんて言うか知ってるか?予定調和って言うんだよ」


「はぇ〜黒崎殿、難しい言葉知ってるでござるな〜」


「おい、煽ってるのか」


「え、あ、煽ってないでござる!!」


「黒崎ー、琉宇結構バカだから煽ってないぞーそれ、本心」


「それはそれで腹立つな⋯」


「バ、バカじゃないでござる!赤点ギリギリだけど毎回補修を回避してるでござる!!」


「琉宇〜それバカってことわかってるー?可愛いなおまえは〜」


拓実はニコニコしながら琉宇の頭を撫でる。


「あ、ちょっ!撫でるなでござる!!」


琉宇はばたばたと手を振り、拓実の手から逃げようとする。そのとき――


「うるさいですよ」


低く、静かな声が響く。

振り返ればパイプ椅子に座り、本を読んでいる男子生徒が一人。

オカ研部員、三年生――宇宙人存在信者筆頭(部内でただ一人)、宇賀辰巳(うが たつみ)である。


「あ、宇賀先輩ごめんなさーい」


拓実がぺこりと頭を下げる。


「電波が乱れます。これでは宇宙人との交信ができなくなります」


そう言い、真剣な顔で天井を指差す。


「ご、ごめんなさいでござ⋯え、電波?」


「先輩、同級生が引くんでやめてもらっていいですかー?」


「引くとはなんのことですか?俺は本当のことを言ってるだけです」


辰巳はきっぱり言うと、椅子の背にもたれたまま目を細め、天井を見つめる。


「外部の人間が入ったことで干渉が強くなっている⋯やはり、ここでの交信はよくない⋯失礼、俺は別の場所で通信を再開します。――部外者の方は、どうぞご自由に」


そう言い残し立ち上がると、辰巳はカバンを持ってすっと部室を出て行く。


「え?急にどうしたでござるか?」


ポカンとする琉宇を見て、拓実はニコニコ笑う。


「あれはね、いつものことだよ。何かと理由をつけて交信が乱れたって言って屋上に行くんだよね」


「へぇー⋯変わった人でござるねー」


「それ、お前が言うのかよ」


琉宇はきょとんとしながら、首を傾げる。


「え、拙者が?」


「自覚ないのかよ、変」


「えぇ!!?こんなに可愛いのに!?」


「自己肯定感たけぇな!!」


「えへへ〜そんな、照れるでござるよ〜」


「照れるポイントがわからん⋯」


「黒崎、考えるな、感じろ。琉宇との会話にはそれが必要だよ」


「アドバイスどうも、よーくわかったよ⋯そんじゃ、もう帰れよ、桐野」


「えぇー!!?ひどいでござる!!連絡先!連絡先!!」


「いいじゃん、減るもんじゃないし。楽しいよ琉宇との会話。レスポンス早すぎて引くことあるけど」


「⋯⋯お前、友達なんだよな?」


「うん、中一の頃から」


「⋯その友達に引くって言ってんだよな?」


「そうだねーだって事実だし」


「お前⋯⋯俺が言うのもなんだが、辛辣だな」


「ん?⋯そうかな?」


「そうでござる!辛辣でござる!拙者のガラスのハートが砕けるでござる〜!!」


「ごめんって〜だって送った瞬間、秒で既読ついて返事かえってくるじゃん」


「それのなにがいけないんでござるか〜!!それぐらい一生懸命なんでござる〜!!」


「嫌すぎる⋯」


「嫌なんて言わないでほしいでござる!!ん〜!!拓実殿どうしよう!!」


「え?俺に振るの?⋯対価は?」


「う〜⋯今度、一緒に駅前のお化け屋敷行くでござる⋯」


「よっしゃ!いいよ!琉宇のビビり顔見てると、生きてる感じがしていいんだよな!」


「不当な取引やめろや」


「不当じゃないでござるー!拙者の繊細なハートが対価でござるよ!正当な取引!!」


顔の横でピースを作り、ニコニコ笑う。


「というわけで、黒崎ごめん。琉宇と連絡先交換しようぜ」


「釣られやがって⋯はぁー⋯もういいや、ほら」


悠斗はスマホを琉宇に向ける。画面には友達登録ができるQRコードが映っていた。


「うおおぉ〜〜!!マジでござるか〜!!やったでござる〜!!感謝感激雨あられ!!」


「うるさっ⋯」


「⋯⋯はい!登録完了!!」


満面の笑みでスマホを掲げる琉宇。

その画面には『悠斗』という名前と共にサメのアイコンが並んでいる。


「黒崎殿、サメが好きなんでござるか〜?」


「うるせぇ」


「こいつサメ映画好きなんだよ、それも⋯なんだっけ?『怪人サメ職人』?のパッケージのサメだもんな」


「ちげーよ、『怪奇!タイムシャーク』だ」


「あ、ごめんごめん⋯え、どんなサメだよ⋯」


「時空の歪みが発生して、そこからサメが過去と未来を行き来する映画だ」


「それ⋯サメの意味あるでござるか?」


「ない」


「断言したでござる!!さては、クソ映画愛好家でござるな、黒崎殿!!!」


「うるせぇ、サメ映画とゴミ映画が好きなだけだよ」


「それをクソ映画愛好家って言うんでござるよ〜え〜!!気になるでござる〜拙者のクソセンサーがビンビンでござる〜」


「⋯⋯そんなに気になるなら、見るか?」


「え!?見れるんでござるか!!」


「おう」


そう言うと棚からDVDケースを取り出す。

 

『怪奇!タイムシャーク』

 

妙にリアルなサメがドーンとパッケージを飾り、背景には砂時計と宇宙が広がっている。


「ぶ、部室に常設してるんでござるか!?」


「たまに見たくなるから、俺の私物置いてんだよ」


「えぇ⋯⋯」


「琉宇、こんなの序の口だぞ?ここの棚にある映画全部、黒崎が勝手に持ってきたやつだぜ?」


「こ、こんなに!?」


琉宇が驚愕の眼差しで棚を見る。

DVDケースがみっちり隙間なく、上から下まで詰まっている。ジャンルも年齢制限もバラバラ、妙に光るジャケットに、不安を煽るB級臭を醸し出している。


「俺のベストコレクションだ」


「クソのベストコレクションだぞー俺、もう見たくない」


おえっと嘔吐くようなポーズを取りながら、拓実が顔をしかめる。


「『怪傑黒頭巾ちゃん』、『Re:サメ転生』、『サメ忍者VSピラニア侍』⋯知らない映画だらけでござる⋯深淵を見てしまった気分でござるよぉ⋯」


「これからさらに深淵を覗くんだよ」


悠斗は不敵に笑いながら、DVDプレイヤーに『怪奇!タイムシャーク』のディスクをセットする。

クソ映画鑑賞会が始まった――


――――――――――――――――


「な、なんでござったか⋯この映画」


琉宇は呆れたような顔で呟く。

画面は静かに「The END」と表示されたままフリーズしている。


「オープニング、五分ぐらい謎の映像垂れ流しってどういうことでござるか!?」


琉宇は両手をわなわなと震わせ、頭を抱えた。


「これが、クソ映画だ。普通の映画のクオリティを求めるな。万死に値するぞ」


真顔で答える悠斗に拓実はげんなりとする。


「もうやだ〜この映画、何回目だよーなんで齢十七でこんな人生送んないといけないんだよー」


「いい人生じゃねぇか」


悠斗が腕を組んで誇らしげに言い放つと、拓実は床に突っ伏したまま動かなくなる。


「それ、黒崎殿だけでござるよ⋯ていうかサメが一切出なかったでござるが⋯」


「それがサメ映画だ、限られた予算でサメなんか出せるわけねぇだろ」


「サメ映画なのに!!?なんでサメ映画撮ろうとしたんでござるか!!?」


「知らん、そんなの考えたら負けだ。サメ映画を見ているのにサメが映らない⋯たまにサメが見えたとしてもクソみたいなCGのサメに、粘土で作られた謎の生き物が映っててもそれがサメ映画なんだよ」


「黒崎〜意味わんないからー⋯」


突っ伏したまま拓実がうめくように言う。


「そんな中から最高に面白いサメ映画を見つけた時の快感と言ったら得難いものだぞ」


「あ、ちゃんと面白い映画を探してるんでござるね⋯」


琉宇がぽつりと呟くと、悠斗は少しだけ目を細めて笑った。


「当たり前だろ?だから奥が深い⋯」


「浅いでござるよ⋯」


悠斗は棚に詰まったDVDを眺めながら、懐かしむように語る。


「ガキの頃、親が共働きだから暇つぶしにDVDをレンタルしてたんだよ。そん中にサメ映画があってさ、面白かったんだよな⋯だから次も似たようなの借りたんだよ⋯

それがクソだった」


そう言って、悠斗は少しだけ目を伏せた。


「サメ、出てこなかった⋯最後まで⋯サメを語ったラブストーリーだった」


心底呆れた声で、だがどこか懐かしそうな声で呟いた。


「パッケージにでかでかとサメが写っててさ、背景に血が飛び散ってたから、これは血飛沫飛び散る良い映画だと思ったら、男女がただ痴話喧嘩してるのを六十二分、見させられてるだけだった⋯」


「さ、詐欺でござる⋯」


「そう、けど悔しくてまた借りたんだよ⋯今度はマシだった。ちゃんとサメがちらっと映ってたし」


「ハードル下がってるでござる⋯」


「感動してさ、また借りようってなってそれを続けていくうちに面白いものを探してたはずなのに、クソを探しててんだよな⋯」


「しみじみ言うことじゃねぇーよ」


拓実は顔をしかめながらツッコむ。


「なるほど⋯クソの中に光るものがある⋯拙者のクソゲーの楽しみ方と似ているものがあるでござるな⋯」


「ふん、わかってんじゃねぇーか。優しさ補充してやるよ」


「わーい!!なんかよくわかんないけど補充されたでごる〜嬉しい〜!!」


「もーやだークソ仲間が増えてるー紹介しなきゃよかったー」


拓実が頭を抱え、ため息をつく。


「そんじゃあ、次はこれだ『カルトシャーク』」


得意げな笑みを浮かべ、悠然とディスクを掲げる。


「ちょっ、マジやめろ!!それもどうせクソだろ!?そんなもの嬉々として見せるな!!」


拓実が立ち上がり、手を伸ばして悠斗を止める。


「これ見よう!『咒いの声が聞こえた時』!!俺のおすすめ映画だから!」


そう言い、パッケージを掲げる。

陰鬱な雰囲気で、髪の長い女がこちらをじっとりと見つめている。


「ホ、ホラーじゃないでござるか〜!!ヤダでござるヤダでござる!!」


「大丈夫大丈夫!怖さ控えめだから」


「甘さ控えめみたいに言わないで欲しいでござるー!!拓実殿そう言って嘘ついたこと何回もあるから嫌でござるー!!」


「俺も嫌だ、普通に怖いから」


「えぇー!!ひどーい!!これ初心者向けだよ!?」


「お前基準の初心者向けだろ、平気な顔でスプラッタ映画おすすめするやつが何言ってんだよ」


「ぶっー⋯わかった!じゃんけん!じゃんけんで決めよう!!」


拓実が勢いよく手を挙げる。


「俺が勝ったら『咒いの声が聞こえた時』ね!」


「よし、わかった。俺が勝ったら『カルトシャーク』な、桐野お前はサメ映画だよな?」


「え?えぇ!!?⋯ま、まぁそりゃホラーと比べたらまだサメの方が⋯」


「よし、サメだ。これで二対一だ」


「ずるっ!⋯クソ、こうなったら俺が勝つまでだ!!行くぞ!!」


「わかった」


「おっしゃあ!行くでござるよ!!」


三人は円を囲み、拳を構える。


「「「最初はグー、じゃんけん――ぽん!!」」」


悠斗:グー

琉宇:パー

拓実:チョキ


「くっ⋯!あいこ!」


「綺麗に別れたでござるな⋯」


「もう一回いくぞ」


「「「じゃんけん――ぽん」」」


全員:グー


「はぁ?またかよ?」


「もう一回!俺が勝つから!!」


「いいや、俺が勝つ」


「どう転んでも二者択一なの嫌でござる⋯」


わいわいと三人が盛り上がる中――


「俺、いるんだけどな⋯」


部屋の隅、部室にあるソファで男子生徒が悲しげに呟く。

――オカ研部長、三年生。都市伝説マニアの横井透(よこい とおる)

影が薄すぎて存在感自体が都市伝説レベルの男である。


「今日は、都市伝説について議論するって言ってたのに⋯宇賀はいつも通りどこか行っちゃうし、二人とも無視するし、なんか知らないやつ入ってくるしでめちゃくちゃだよー」


半泣きになりながら、じゃんけんに興じる三人を見つめる。

ギィィィィと、部室のドアが開いた。


「横井、ここにいたのか」


先程、部室を出ていった宇賀辰巳が戻ってきた。


「宇賀⋯?いや、最初からここにいたけど⋯」


「そんなことはどうでもいい、先程、交信が成功した。お前の手が必要だ。ついてこい」


「え!?いや、今日は議論をする約束を――」


「そんなものいつだってできるだろ。交信は今しか出来ないんだ。来い」


そう言い残すと、すたすたと廊下へ消えていく辰巳。


「え、えぇぇぇ!!そんな横暴な⋯あーもう!今日の予定がめちゃくちゃだよ!!」


バッとソファから立ち上がると、透は文句を言いながらも辰巳を追いかけ、部室を出た。


あとに残ったのは三人の掛け声――


「「「じゃんけん――ぽんっ!」」」


全員:パー


「また、あいこでござるか!?」


「これは呪われてるね⋯よし、ホラーを見よう!」


「荒川、お前誘導すんじゃねぇぞ!もう一回だ!」


「「「じゃんけん――ぽん!!」」」


勝者は――クソ映画であった。

救われてほしいと願ったから書きました

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