第3話 旅の始まり
「お母様。」
花に水をやる手をふと止め、母は私を振り返った。一昨日の鋭い目つきの面影はどこにもない。
「私、アキレア・スノウは魔王討伐に行ってまいります。」
強い風が吹き、私の髪を揺らした。足元に転がってきたじょうろを持ち上げ、母に返す。
「どうか私のいない間、この国をお守りください。私の婚約者である新国王とともに。」
それだけいうと、私は母に背を向けた。
「待ちなさい。」
力強い声がした。立ち止まって後ろを振り返る。
「私も行くわ。」
引き止める言葉だったら無視しようときめていたが、これは想定外だった。母のお気に入りであるこの庭園はスノウ家の人間しか入れないようになっているので、彼女を止めてくれる者は誰もいない。私は大きく息を吸うと早口に喋った。
「お母様、これは現女王である私が背負うべき課題です。スノウ家の後継者、さらにはこの国を統治する者として国民を魔王などの恐怖にさらさないためにもっ」
「あなたはすでに背負いすぎているわ。自らを犠牲にすることは国民の手本としてふさわしいと言える訳が無いに決まっているでしょう。それに、あなたは強いけれどまだ魔王に立ち向かえるほどの力量があるとは言いえないわ。」
「でもっ……!」
後が続かなかった。今の私は国を守る女王では無く、母から怒られる幼い子供だ。母の言うことは的を射ていた。だからこそ私は言い返す言葉を見つけられなかった。私が押し黙っていると、母は私に静かに近づいてきた。
「アキレア、私は自分の子供を死地に1人で行かせるような酷い親じゃないわよ。」
母の手が私の肩にふわりと羽のようにのる。私は母を危険にさらしたくないと思いながらも彼女の笑みに引き込まれるようにしてうなずいてしまった。
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