Let's go to hell together 人を呪わば穴二つ
翌日私はアルバの他に、ウェルとフムスとシノビの三人の主要メンバーを集め、計画の上っ面を話した。復讐の方は曖昧にただの私の私怨として、本題としてはデネブラウの資産を掌握して事業拡大に充てる計画として話すと、忠誠心の強いアルバとシノビは肯定し、フムスはやや難色を示し、ウェルは良心から否定的だ。
その夜私はウェルの部屋に行き、ウェルにグレイスからソフィア迄の私を、この先の未来を、本心の中に一握りの嘘を交えて、ウェルの胸で涙ながらに話した。
「───だからウェル、私は貴方が来なくてもアイツにこの復讐をするの。だけどウェル、私は本当は貴方であって欲しかったの······貴方が良い! あんな奴に······そんなの嫌だ」
ウェルの胸を涙で濡らす私の肩に、ウェルの手が優しく添えられた。しかしその手は私の身体を少し遠ざけている。まるで私を復讐から遠ざけるかの様に───
「······マリア、他の未来は無かったのか? 復讐だなんて───」
「もう見えないの! この未来しか私には見えないの! ······ウェル、怖いよぅ。どうして私にはこんな未来しか無くなっちゃったの······」
静寂の中、私が暫く嗚咽を漏らして居ると、ウェルの手が肩から外れて一つは頭に、もう一つは背中に回され、私はウェルに抱き寄せられた。
そして私があの日見た未来のヴィジョンの様に、私とウェルは同じ布団で顔を合わせる事になった。
私はこの夜、ウェルの子供を宿した。たけどウェルには「これで妊娠する未来は無い」と、嘘を伝えて真実は伝えていない。伝えてはいけない。ウェルを父親にしてはいけない。それを知った彼は、良心の呵責から私の未来を大きく変えてしまうから。
それからフムスとシノビにも真実の計画を話し、フムスと私はデネブラウ家を確実に落とせる事業計画を作り、シノビには小道具の用意を依頼した。
5日後、計画の決行日である新月の日が訪れた。私はGUILDの戦力を引き連れて、テネヴァー領のデネブラウの屋敷へ向かう。
デネブラウの屋敷の庭には、GUILDの用心棒30人と彼等が使役する3体の魔物とレプリスが陣取り、デネブラウ家の私兵18人を押し退け睨みを効かせている。
私はGUILDの仲間達がこじ開けた人垣の道を悠々と歩き、懐かしくも憎たらしい玄関扉を押し開け、使用人に言ってアントニオを呼び付けた。
「ご機嫌ようアントニオ」
「ソフィア、崖から落ちたと聞いていたが······生きていたのか?」
「貴女何しに来たのよ! もうここは貴女が来て良い所じゃないわ! 今直ぐ帰りなさい!」
マルティナが突っ掛かって来るが、この女はどうでも良い。この女はアントニオにくっついて居るだけで、自分では何をする事も出来ない無能。アントニオが落ちれば、勝手に一緒に落ちて行く。ただの······雌だ。
「アントニオ、少し話をしない?」
「武器を持った者を大勢連れて話し合いかい? 穏やかじゃないね」
アントニオは私の強大な武力を気にしているが、それは当然だろう。私にだって理解出来る。あの時だって私は、私の力も声も届かない大勢に囲まれて、ただ一方的に話を進められたのだから。
「そうよ! そんな連中今直ぐ「ふあぁ! ぁあー!」あ、ほら、ヨシヨシ······怖くないからね。お父さんが直ぐに追い払ってくれるからね」
赤ちゃんの声はよく通る。だけど私も負けてはいられない。
「穏やかな訳が無いわ! 祖父と祖母を殺され! 父と弟達は鉱山で使い潰され! 母は私の身代わりにされ! 生家を焼かれ! 雇われていただけの使用人達は奴隷に出された! これの何処が穏やかで居られるものか!」
私はその場の全員に言い聞かせる様に叫んだ。勿論私の怒りをぶち撒けたのもあるが、それを初めて聞いたGUILDの仲間達は怒りに震え、それを聞いたデネブラウの者達は、私がここに武力持って何をしに来たのかを想像して恐怖に震えた。
「わ、分かった! ソフィア話し合おう! だからそっちの兵隊を外に出してくれないか!?」
アントニオは現状のまま衝突すれば負ける事くらいは理解できている様だ。アントニオの父である現領主も、領民に徴兵を掛ける動きを見せれば、その時点でこちらが剣を抜くことくらいは察してくれている。
「話なんてする必要ないわ! 早く追い返して!」
鈍い女が叫んでいるが、私は無視してアントニオと話を進めて行く。
デネブラウの私兵もGUILDの用心棒も、武力は全て外に出し、私達は護衛を一人だけ付けて部屋を食堂に移した。
こちらは私とシノビとフムス、あちらはアントニオと領主と護衛の男で、十分な距離を取った状態で三対三の会談を始めた。騒がしいマルティナは寝室に詰め込まれた様だ。
会談は先ず私が家族に対する仕打ちを責めた。それに対してアントニオ側は、それは私が逃げた事に対する制裁と見せしめの為だと、飽く迄私の責任だと主張した。
「アントニオ······私は一度は貴方を心から愛してしまった。貴方はマルティナに籠絡されただけ、だからもし私を娶るのなら、全てを水に流して上げても良いわ」
「───それは······どういう意味だ?」
アントニオが理解出来ないのも無理は無い、私だってどうかしているイカれた言動だと思っている。
「そのままの意味よ。私は今、GUILDという組織の長をやっているわ。詳しい話はこちらのフムスにさせるけど、私は領主家との繋がりが欲しいの。その後ろ盾があればもっと精力的にGUILDを拡大していけるわ。
あちらの領で活動しているのだから、あちらの領主家と関係を持つべきなのだけれど、少し······昔を思い出してしまったのよ」
その後フムスが話したGUILDの事業内容と事業規模の話を聞いたアントニオ達の目は丸くなった。更に、私が失踪してからインテューム家の畑の収穫量は落ち、領全体を見ても芳しくない状況だった。
そこへ転がり込んで来た女を嫁に取れば、とんでもないオマケが付いてくるのだ。寧ろ私の方がオマケだと思っているだろう。
そして領主は結婚の条件として「子供を作る事」を提示して来た。デネブラウ家にとっては偽装結婚でも構わないだろうが、そこは領主家としての体裁を気にしているのだろう。
「証が必要ならそれで良いわ。······私も暇ではないから今夜にでもしましょう」
まさかの答えにアントニオ達はポカンと口を開けている。そこに私は、更に追い打ちをかけてやった。
「貴方の部屋は変わっていないのかしら? あの頃はそんな気も無く入っていたけれど······流石に今夜は一人で居てくれるのよね?」
アントニオの舌が唇をチロッと舐めた。自分から誘っておいて何だが、気色悪い好色家め。アントニオの過去を見れなくても分かる。どうせ決め手はマルティナと寝た事なのだろう。
「君にそこまで言わせておいて断るわけにはいかないな。いつでも何度でも私の部屋へ来ると良い。君の懐妊を以て契約の成立としようじゃないか」
ああ、なんて気色悪い事を言う口か。残念だけど、それは今日だけだ。私は未来を見れるのだから、全ては私の手の内にある。
その夜、新月は夜の世界に闇をもたらした。私は付き人としてアルバを伴い、デネブラウの屋敷へ入りアントニオの部屋に向かう。
屋敷に入る際に「ああ、これから···」と、そう言いたそうな嫌らしい目で見てくる私兵からの所持品検査はあったが、シノビの調べ通りに屋敷の中は足音を嫌って私兵の巡回は無い。
蝋燭の灯りを頼りにアントニオの部屋に向かう廊下で、忍び込んだシノビと合流し、そこで手配していた毛皮の被せ物をアルバの蛇の様な尻尾に被せた。これで暗闇の中では私の尻尾とアルバの尻尾の区別を付けるのは不可能だ。
「ヒメ······アルバ殿·····明朝、迎えに上がります」
シノビはそれだけ言うと、音も無く屋敷を抜け出して行った。
「アルバ······ごめんね」
「マリア様、それは言わない約束ですよ」
「そうね······アルバ、頼んだわ」
「はい、お任せ下さい」
私は蝋燭を廊下の燭台に移すと、心を無にしてアントニオの部屋の扉を開けた。
「待ちくたびれたよソフィア」
アントニオが声を抑えて私に寒気のする言葉を掛けてきた。私は黙って扉を閉め、それに合わせてアルバが部屋に忍び込む。
扉が閉じて一切の光が無くなると、人の顔なんて分かりはしない。それでも魔人種の私とアルバには、ぼんやりとだがアントニオの魔力の位置は感じ取れる。
「アントニオそこで待っていて、私には少し見えるから」
私はアントニオに声を掛けて待たせ、先を行くアルバの後を息を合わせてついて行く。
アントニオのピンク色の魔力が、ぼんやりと広がった。きっと翼を広げたのだろう。
「ソフィア、おいで」
アントニオは私の身体を知らない。私の嬌声を知らない。新月の闇の中では、私の淡黄色の髪と、アルバの薄氷色の髪は等しく黒だ。
私は私の代わりにアルバをアントニオに差し出した。声を潜め暗闇に隠れる私は、今どんな醜い顔をしているのだろうか───
翌朝、私はアントニオのおはようのKissを払い除け、「子供だけだ」と吐き捨てて部屋を出た。
私はフムスと······ウェル、アントニオが眠りに就いた頃に部屋を抜け出したアルバと、今後アルバの子の父親役をするシノビ、警備の私兵と朝の世話の侍女、それとマルティナに迎えられた。
マルティナは私を一睨みすると、肩をぶつけて急いでアントニオの部屋へ入って行く。マルティナのお陰で少しタイミングが遅らせる事が出来たが、マルティナを見送った顔を戻すとアルバと目が合った。
もう駄目だった。堪える事が出来なかった。本当は逆なのに、私がアルバを慰めなければならないのに、私は今もアルバの忠誠心に甘えてしまった。
「ぅ、ぁあっ! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃ!」
立場を忘れて泣き叫ぶ私をアルバが抱き締める。デネブラウの私兵と侍女、それとウェルには、きっと“仇と交わったソフィアの、家族への謝罪”に聞こえているのだろう。
それはソフィアにとってはそうであるだろうが、それは皆が幸せになる未来を提示出来なかったグレイスの謝罪でもあるし、マリアに至っては仲間を巻き込み、ウェルを生涯騙し、何よりもアルバを地獄に道連れにした謝罪でもあった。
私達はこの後直ぐにGUILD本部へ帰還した。その際にデネブラウの私兵が監視役として同行して来て、私の妊娠が発覚すると領主へ一報を飛ばした。
しかし私のお腹に居るのはウェルの子だ。アントニオの子は私の身代わりになったアルバが宿しており、アルバの純潔を証拠として、彼等は私のお腹の子がアントニオとの子だと認めた。
私は目を閉じ未来のヴィジョンを見る。
これから私はデネブラウの屋敷にアルバと一緒に住み込み、GUILDの仕事と並行して領の天候を占い、作物の生産高を爆発的に向上させ、領主からの信頼と権力を勝ち取っていく。
私との逢瀬を繰り返すつもりだったアントニオは、彼と相性の良い娼婦を充てがってやると、専ら女に心血を注ぐ様になり、いよいよ女狂いが祟り領主から信頼を失った彼は家名を剥奪。そして勘当され、次期領主の地位は私の娘へと渡る。
その過程で妾としての存在意義すら失ったマルティナは、悔しさの余り使用人に手を出し自滅して行く。
そして何処に住んでいるのか分からないアントニオは、自分の羽を売ってカネに替えたのか、翼は禿げ上がって調理を待つ鳥の様だ。そこに帰って来た痩せこけたマルティナは、何とか客を取って夫を養っている様だが、どんどん見窄らしくなるカラダで、いつまで続けられるのだろうか?
彼等の未来のヴィジョンに彼等の子供は写っていない。彼等の一人息子は、デネブラウの屋敷に残っている。マルティナは連れて行きたがっていたが、その子の祖父である領主は孫が可愛かったのだろう、決して手放さなそうとしなかった。
私も彼等から子供は取り上げる積りでいた。私の復讐に何も知らない子供まで巻き込む訳にはいかないし、何れ王家との繋がりを深めてくれるからだ。
次期領主は私のお腹の人間種の女の子となっているが、まだ見分けが付かない内に取り替えられ、何れ領主になるのはアルバのお腹の人間種の女の子だ。これからのデネブラウ家は、アルバを起点に女系で繋いだアルバの家系になる。こんなものが私からのアルバに贈れるせめてもの罪滅ぼしだ。
オンナを使って人の未来を狂わせ、自分の望む未来を得た私が、オンナの幸せを享受する未来なんて今後一切一片たりとも有ってはならない。
私は一児の母としてだけ生き、GUILDの発展に心血を注ぎ、多くの幸せを作る事を以て私達マリアの贖罪の道としたい。