Merge into maria 私の在るべき姿へ
私達のGUILDは、依頼を出せる幅と依頼を受ける幅が広がった事で町に大きな影響を与えていた。
「やいやいネーチャン。薬草の依頼は入ってるか?」
「えーと、これと───これ······あ、あとこれがあります!」
こっちでは自称“薬草採りの名人”が、受付嬢と仕事の話をしている。
「アルバちゃん、家の畑の近くに獣が出るようなんだ。畑を荒らされる様になったら堪ったもんじゃない。退治してくれないか?」
「何が出るか分からないと金額が設定出来ません。一度伺ってその獣の姿を見てから金額を決めさせて頂きます」
「あんまり高いと報酬を払えないよ?」
「町長に“畑が荒らされれば領主への上納品が無くなりますよ”と掛け合って見ますので、満額負担する事は無いと思います」
あっちでは農家のおじさんが、アルバと害獣駆除についての話をしている。
私はと言うとウェリディス退治の依頼書を持って、魔物退治を専門でやっている男の人と話をしているところだ。
「いやあ、それがさぁ、矢を使い切っちまってて、それでよぉ······(大きい声で言えねーけどよ。博打でスッてカネが無くてさぁ、矢を買えねーんだ)───ごめんよマリアちゃん! 今回は他を当たってくれ!」
「なんだ、そんな事ですか! それならお金をお貸ししますので、装備を整えて退治に行って下さい!」
「え? いや、でもよ······金を借りたなんてカーチャンに知れたら家を追い出されちまうよ」
「それなら私と一緒に矢を買いに行きましょう! その金額を報酬金から引かせて頂きますので、奥様に知られる事はありませんよ!」
「おお! そうかそうか! それならその依頼、受けさせて貰おうかな!」
私とグレイスは未来予知をしながら、無事に完遂出来る人だけに依頼を捌いている。それもこれも装備を整えず“何とかならあ!”で命を捨てに行く人が結構居るからだ。
なのでGUILDは、依頼遂行の為の融資も行う様になり───
「マリアちゃん! カネ貸してくれ!」
「また博打ですか?(······あ、大当たりだ!)お貸ししますけど、博打は程々にしてくださいよ? 報酬よりも借金が多くなっても知りませんからね!」
「まあまあ、増やして来るからよ! それよりマリアちゃん、一杯どうだい?」
「暇が合いましたら是非」
私達のズルが有るのでGUILDは貸し倒れも無く、借りた人も破産すること無くとても好評で、GUILD関係者はどんどん活気に溢れていった。
風が肌寒くなってきた頃。備品の数が多くなり、かなり手狭になった建屋の奥の部屋で、私とフムスは真剣な面持ちで話をしていた。
「───それは、早めに手を打たないとね」
フムスが隣町から持ち帰った案件は、“隣町でGUILDを騙る集団が横暴な態度で私達の真似事をしている”というものだった。
ゴロツキの様な輩が幹部として集まり、貧困者を協力者として低報酬で馬車馬の如く使い、依頼者に対しては高圧的な営業をかけ、断ろうものなら不慮の事故を装って馬車を襲撃したり作物を荒らしたりと、やりたい放題をやっている様だ。
「───フムス、その連中と会談の場を作れる?」
「な!? それは···出来ないとは言いませんが······危険なのでは?」
そう、危険だ。危険ではあるけれど、未来が見られる事からどうにかなる様だし、ここで潰しておかなければGUILDの風評に多大な悪影響をおよぼす事になる。
私はグレイスが送って来るビジョンを見て、フムスに指示を出した。
「───フムス、会場はあちらの指定の場所で良いわ。人数は護衛を含めて5人。それぞれの組織の頭同士ですもの、武器の持ち込みも許可しましょう」
「······気は確かでしょうか?」
「私は正気よ」
後日使いに出たフムスは、会談の日程を取り決めて戻って来た。
会談の当日、私達はGUILDの精鋭を引き連れて隣町まで向かった。私達の馬車には、私とウェル、アルバ、フムス、それとGUILDで最も魔法の才に優れた男の計5人が乗り、レプリスが随伴している。その後に剣に槍に弓、得意な得物を持った15人の男達が、2台の馬車に分乗してついて来ている。皆GUILDに誇りと愛着を持っていて、「ギルドを穢された」とやる気満々で非常に頼もしい。
隣町に着き、私達は護衛を引き連れて会場へ向かった。相手方は大勢連れて来た事に文句を言ってきたが、会談の人数は5人で、道中の護衛の指定は無いので聞く耳は持たない。
相手方の主要な構成員は9人で、会場の店舗の外に出ていた3人が私の護衛達に囲まれ、一人が下っ端を集めに走って行った様だ。
会場の店舗内の伏兵の確認を取ってから、いざ交渉のテーブルに向かう。
(さあ! やるわよグレイス! 抜かりは無い?)
『ソフィア、貴女こそ気を抜かないでね!』
初めてだろうか? 今確かにグレイスの肉声が心に響いた。きっと今、私はソフィアでありグレイスだ。
突然のサプライズだったが、私はこの一体感で確固たる自信を持って会談に臨む事が出来る。
「初めまして、私は隣町でGUILDを運営しておりますマリアです───」
何か一つ行動を起こせば、グレイスが未来のヴィジョンを確認する。この川下りはこの先が難所だ。私の命を賭けて、最も少ない被害で解決する為の難所。そこに向けてグレイスがCountdownを始めた。
そしてその時が来た。私は腕を組んで仲間の魔法使いに合図を送る。
私の頭上を魔法の風が駆けた。ただそれだけだが、会談中に魔法を使われた相手方は、私達を葬る口実が出来たとばかりに、喜び勇んで怒鳴りつけてきた。
「オウテメェ! 話し合いの最中に魔法使うたァ、どういう了見だコラァッ!」
「空気が悪いから少し動かそうと思ったのだけれど。ねえ、この針はなぁに? 毒でも塗ってあるのかしら?」
私は机に刺さり、その一点を少しだけ濡らした小さな針を指差した。
自衛の口実を得た私達は剣を抜いた。怒りに燃えるウェル達と、手の内がバレて狼狽える相手方とでは勝負にならなかった。
(ふう······グレイス、これで大丈夫?)
『ソフィア、大丈夫よ。未来のヴィジョンは安定してる』
相手方は殺してはいない······止血をしておけば死にはしない······らしい。取れちゃってる人もいるけど、グレイスがそう言っているから間違い無い。
この男達の処分は、この男達が多大な迷惑を掛けたこの町に任せるとして、まだもう一仕事しなければならない。私は天井裏に潜んで毒矢を吹いた男に声を掛けた。
「私は裏方で走り回れる人材を探しているの。貴方、私の下で働かない?」
今は縛り上げられ床に座っているその男は、一瞬驚いた様な顔をすると、自分の状況を顧みず私を嘲笑った。
「ふっ······は! 命を狙った我を飼うか!? 小娘、お前に我を飼う覚悟が有るのか? 何時でも殺される覚悟が有るのか!」
ウェルとアルバが武器を抜き、私の前に出てその男に切っ先を突き付ける。その男は眼前にピタリと死が添えられていても、私を試すかの様な瞳を逸らす事は無かった。
「貴方は主に仕える事を喜びとする人よ。ウェル、アルバ、武器を仕舞って───」
ウェルとアルバが渋々刃を納めると、私はハンカチを出し、その男の顔に新しく出来た切り傷にそっと当てる。
「貴方の命は私が拾った。今から私が貴方の主よ。だから貴方が私を殺す事は無いわ。私はマリア。さあ、貴方の名前を教えて」
グレイスが鮮明になった未来のヴィジョンを見せてくる。自分の事を“シノビ”と名乗り、私の事を“ヒメ”と呼ぶ彼は、これから諜報工作要員としてGUILDの影に生き、GUILDの発展に大きく貢献してくれる人材の様だ。
この一件を受けて私達GUILDは、交易先の町の長と先に話を付け、アコギな模倣者が現れないように先手を打ち、積極的に支部を建てていく様になった。
私は唐突に思い立った。今までの多忙から元気だと決めつけ、無意識に心の隅っこに追いやってしまっていた家族の事を思い出した。
この事はグレイスも教えてくれないし、私も積極的に聞きたいとは思わなかった。でも今はそういうのに長けた人材が側に居るからだろうか。つい、思い立った。
「シノビ居る?」
「───ここに」
私はシノビに、テネヴァー領インテューム家の様子を調査する様に言った───否、言ってしまった。
「待って······っ!」
流石に仕事が早い───もう居ない。
GUILDに絶叫が響いた。
「マルティナッ! マルティナァアアアッ! うわぁああああ!」
シノビの報告を受けると、私は泣き叫んだ。私の前ではシノビが申し訳無さそうに俯き、アルバが私の肩を抱く。何事かとウェルとフムスも所長室へ駆け込んで来た。
「マルティナッ! よくもっ······よくも私から奪った! 許さない! 絶対に許さない!」
私は感情のままにアルバを突き飛ばし、全員部屋から出るように怒鳴りつけていた。
一人······否、二人残った部屋で、私はグレイスに話し掛けた。
「······ううっ───っ! グレイス······貴女知ってたの? 知ってたんでしょ? 『ソフィアも聞こうとしなかった───それに、教えたくなかった───』 何よそれ···ふざけないでよ!」
私は机の上の茶碗を弾き、床に落ちた茶碗は乾いた音を立てて砕けた。それと同時に誰かが扉の取っ手を掴んだ様だが、扉が開かないところを見ると誰かが止めた様だ。
茶碗が割れる乾いた音と罪悪感が、私の心を落ち着かせた。私は片付けくらいはしておこうと、砕けた茶碗の欠片を拾い集めていく。
「グレイス······こうなっちゃたんだから、もうどうしようも無いんだから、私に教えてよ······私はこの後どうやって······どうやって復讐をするの? どうやって彼奴等から奪い取るの?」
茶碗の欠片を一つ拾う。
『なんで復讐をするって知っているの?』
「······」
更にもう一つ、二つと拾って行く。
『···私は───』
「···私は───」
───私は最低だ。なんて事をするつもりなんだ。
これは、グレイスが止めていたんじゃない。あの時逃げ出したあの瞬間から、私は家族の事も、私の非道な未来も全て知っていた。知った上で私はその現実から目を背けていたんだ。
───多分ここでソフィアの心は死ぬ······いや───違う、生まれ変わるんだ。
そう、私はソフィアとグレイスを贄にして、マリアに生まれ変わる。
「グレイス、力を貸して。私だけじゃ耐えられない───ううん、違う······一緒に戦って!
貴女は私だったのよ。貴女は自分の生まれた土地の名前も知らず、持って生まれた力のせいで短い生涯を終えた私。───その記憶、その力の形が貴女だった!
グレイス来て! 私達はマリアよ!」
その日の夜。私はアルバの部屋に行き、これからの計画の一切を話した。それを聞いたアルバは震える声で言った。
「───マリア様が望むのなら······」
恐怖に震え、それでも了承するアルバ。そしてアルバの指先が、恐る恐る私の指先に触れた。
「マリア様······お願いが有ります。私の事を嫌ってくれて構いません。私はマリア様のお望み通りにします。ですが怖いのです。マリア様、私───」
「アルバ、それ以上は言わなくて良いわ。私は全てを知っているのだから」
私とアルバは肌を重ねた。私も怖かったのだ。これから始める吐き気を催すおぞましい行為が、怖くてどうしようも無かったのだ。
私はアルバに私の全てを話した。文明レベルから此処とは違うと思われる別の世界に居た事。そこではグレイスと言う人生を歩んだ事。そこで一度死んでいる事。インテューム家のソフィアに生まれて、マルティナの策略に落とされた事。ソフィアはグレイスの記憶と力を“Imaginary Friend”として宿していた事。
アルバは答えてくれた。
「初めて会った時からこの先も、マリア様はマリア様です。マリア様はここに居ます」
私はアルバが私を必要とする以上にアルバを求めていた。マリアと言う曖昧な自分を肯定してくれる言葉が欲しかった。確かな感触が欲しかった。霊を宿した肉と肉に宿った霊の両方が、完成した心身の存在を確認したかったのだ。