Expanding grace
私達とアルバが町を歩いていると、籠を持って森へ向う二人の幼い獣人種を見た。森には魔物も出るし山賊も出る。他に大人が同行している感じは無く、私達はその二人を呼び止めた。
話を聞くと二人は兄妹で、父は居らず母親は病気で寝込んでおり、薬草を買うお金も無いから二人で採りに行こうとしていたと言う。
兄の方は犬型獣人で、兄の背に隠れて服をきゅっと摘んでいる猫型獣人が妹だそうだ。その兄妹に更に話を聞いていくと、どうやら薬草の知識も無い様だった。
Huh...
「Huh...あなた達、森へ入ってどうするつもりだったの?」
「······やくそうがあれば、びょうきがなおるっておじさんがいってた」
それはさっき聞いた······、ソフィアとアルバも顔を見合わせて呆れ返っている。どの薬草をどこに採りに行くつもりなのか、その肝心なところが全くの無策だったのだ。
私は試しに二人の未来を見てみると、案の定遭難してそのまま───、という後味の悪い未来を見てしまった。これは直ぐにソフィアにも共有しておこう。
「───! ······アルバは薬草に詳しい?」
「はい、傷に効くものと、喉の腫れに効くもの、それとお腹を壊したときに飲むと良い物は分かります。その子達と一緒に採りに行かれるつもりですか?」
アルバから言葉を引き出した事で、兄妹の未来のヴィジョンが変わった。ちゃんと遭難せずに帰って来れるし、私の目にはどれが効いたのかは分からないが、取り敢えず母親も快方に向かう様だ。
「そうよ、一緒に採りに行って上げましょう。もちろんレプリスも一緒にね!」
そう、レプリスは大事。レプリスが居なくてもアルバが魔物を倒してくれるけど、その場合はお兄ちゃんの方が籠を踏んづけて壊してしまい、持ち帰れる量が減ってしまう。
アルバがひとっ走りしてレプリスを連れて来ると、兄妹は最初こそレプリスを怖がったが直ぐに打ち解け、レプリスも二人を背中に乗せる程に懐いた。
アルバの案内で森の中を薬草を探して回り、兄妹の持つ籠に私達の知らない草や葉っぱが入れられていく。その過程でアルバが、それぞれの薬草の特徴と効能を兄妹とソフィアに教えていった。
レプリスのお陰で野生の動物や魔物に襲われる事もなく薬草を籠一杯に集め、妹はアルバの背中で眠り、兄はレプリスに跨り薬草の籠を大事そうに抱えて町へと無事帰還した。
その夜、私達は少し分けて貰った薬草を白い布に並べ、その上に布を厚く重ねて被せ、更に木の板を重ねて重石を乗せると、ソフィアは一仕事しましたと言わんばかりの溜め息をついた。
「マリア様、それは何をしているのでしょうか?」
「これ? これはpressed flowersよ。PaperとPenが有ればSketchしようかと思ったんだけど、そんな物無いから───。これで保存が出来れば、Sampleを見せて話ができるでしょ?」
「えーと、マリア様。一体何を仰られておられるのですか?」
「Oh───」
Oh... 時々出ていたけれど、今回のはヒドイ······。このところ何も伝えなくても、ソフィアは私の意図を汲むときがあるし、私もソフィアが黙っていても要求を感じ取れる事が多くなった。······心が繋がってる?
私の悩みを他所に、ソフィアはアルバに伝わる言葉で再度説明を始めた。
今、私達は商人向けの用心棒斡旋のみを業務としている。しかし昼間の兄妹の様に、用心棒を必要とするのは商人だけでは無い。
ソフィアは薬草採取等、住民の生活の中で用心棒が必要になる事もターゲットに入れ、用心棒のみならず、採取や狩猟の代行も事業の視野に入れ、仕事の幅を広げていく旨をアルバに話している。
「それは大変良い事だと思いますが、今用心棒の契約を結んでいる者達とでは、報酬が合わないのではないでしょうか?」
「アルバ、適材適所よ。ウェル達の様に強い人達はそれ相応の仕事をする。レプリスの様な強い魔物や山賊とは戦えなくても、比較的安全なところで狩猟や薬草採取が出来る人達は居るわ。そういう人達も取り込んで行けば上手く回していける! 自身があるのよ!」
薬草が欲しい、肉が欲しい、木の実や果実が欲しい、そう思っていても伝手が無く依頼の相談すら出来無い者が居る。
薬草の群生地や獣道を知っていて、採取や狩猟の余力があっても、引き取り手が無く無駄な事をするくらいならと持て余している者が居る。
ならばそこに橋渡し役が居れば、需要と供給を引き合わせてやることができる。
「そこでこの······押し花よ! あれが欲しいこれが欲しいと言っていて、採ってきてみればこれじゃない······。そんな事が無いように、ちゃんと現物を見せて話をつけるのよ! あの昼間の兄妹の様に知識が全く無いと困るけど······」
「成る程、それなら確かに間違いは起こりませんね! それにしても押し花ですか······これはこの後どうなるのですか?」
「これはね。お花の水分を吸わせて乾燥させることで、腐らない様に保存できるの!」
当然私達は未来予知でこの試みが上手くいく事は知っている。それでも成功に向かって楽しそうに押し花を作り、未来を語るアルバを見ていると、ズルして見た未来など忘れて一緒に楽しみたくなるものだ。
今は用心棒の仕事に出ているウェルも、以前は薬草集めの様な小さな人助けをしていた。そんな彼が喜んでくれる事は見なくても分かるが、ちょっと覗き見て───
「マリア様! ウェルも喜んでくれそうですね!」
「うん! 知ってる!」
誰かに言われて誰かの為に使って来た未来予知も、自分の為に使い出すと中々に止めどが無くなってしまう。
多くの者が望む未来を手に入れる為に私とソフィアに寄ってきた理由が、私はやっと理解出来た様な気がした。
数日後、仕事から帰ってきたウェルにソフィアは事業拡大の企画の説明をした。未来予知が出来るとは言え、細かいところは些細な出来事で差異が出てくる。
なので結果が分かっていても、こういう緊張や苦労とは中々縁が切れないものだ。
「ああ! それは良い試みだよマリア! 俺もいざ薬草を採ってきてみれば、欲しいのと違うなんて言われた事もあったからな!」
ウェルは予知通りに満面の笑みで喜んでくれている。やはり味気無い未来のヴィジョンよりも、こうして自分の目で見て、声を聞き、匂いを感じ、人の動きで生じる僅かな空気の流れを肌で感じるのが良い。······身体はソフィアのものだけど、生の感覚に感じられるのが不思議なものだ。
しかし、ウェルの表情は次第に曇っていき───
「今回は一人が命を落としてしまった。······俺達の仕事の話を聞いて、稼ぎに来たって言っていたんだ。だけど、はっきり言ってしまえば実力不足だった───。
マリアの言っている事が実現出来れば、ちゃんと自分の力に見合った仕事が出来るようになる。そうなれば、今回みたいに命を落とす人が少なくなる筈だ。
フムスさんもその事は気にしていたから、きっと力になってくれるさ!」
ウェルが見せたほんの小さな憂い、それは私の見る空白だらけの未来のヴィジョンにおいては、ほんの些細なイレギュラーだ。
私達は思う。きっと事前に死者が出る事を知っていれば、ウェルの表情が曇る未来を回避する事が出来ただろうと───。
私達は空白だらけの未来を埋める為に、情報に重きを置こうと決意した。
私達の事業は約束された成功を収め、フムス達商人も商売の幅が広がったと喜びの声を上げた。
ただ困り事も増えてしまった。それは魔物退治にあまり興味の無かった私達が見落としたヴィジョンであり、食用に適さない魔物の死骸の後処理の問題だ。
報酬金が発生する以上、討伐の証明は必須だ。その為に魔物討伐の依頼を受けた者は、魔物の死体を私達の所へ持って帰って来る。
だが、私達は魔物の惨殺死体なんて見たくもないし、依頼を出した者も食い物にならない肉など引き取る気はなかった。
ポツンと取り残された死体を店舗に放置しておく訳にはいかないので、少しは増えた職員総出で、町外れに遺棄する作業が増えてしまった。
「マリア所長、魔物の一部も押し花に出来ませんか?」
アルバと住み込みの女性職員と一緒に夕食のテーブルについていると、住み込みの職員がそう発言した。
「流石に無理だと思うわ。でもどうして一部なの?」
「角の有る魔物なら角の見本が有れば照合できます。それと同じで、それぞれの魔物にはそれぞれの特徴が有ります。レプリスちゃんは長い耳とか」
そこまで聞いて、アルバも成る程と手を打った。
「特徴的な部位を証明品として持ち帰るという事ですね! マリア様、これは妙案です!」
私の脳裏にもそのヴィジョンが浮かび、ソフィアは死体遺棄の作業が無くなることに歓喜の声を上げた。
「Awesome! 採用!」
翌日から私達は魔物に詳しい者達と協議を重ね、討伐証明の部位を絞り込んでいった。比較には“剥製を使おうか?”なんて話も出たが、数多くの剥製が陳列されていてはあまりにも気味が悪い。
私達はフムスに紙の入手を依頼しておき、先ずは布にスケッチをする事にした。
「マリア様······」
ソフィアが描くものは、どれも新種の生物だった。
魔物のスケッチは絵心の有ったアルバに任せる事になり、比較する資料になり得る物が出来上がった。そして今ソフィアは炭を握り、私達は1枚の横長の板に向き合っている。
「マリアさん、それはいったい?」
私達の背後から覗き込んでいたフムスが首を傾げた。
「それは絵······では無いですね。記号···? 文字でしょうか?」
アルバも板に描かれた5つのAlphabetに首を傾げた。
「わかったぞマリア! それはここの看板だろう!」
「So close! 看板だけど······私はこの用心棒派遣所の名前を変えようと思うの!」
ウェルとアルバとフムスは、ソフィアが持ち上げた看板に書かれた、彼等からしたら未知なる文字に注目をした。
「G U I L D───GUILD! 私達はこれからGUILDを名乗るわ!」
「おお! ギルド!? なんだかカッコイイな!」
「ギルド······親しみやすい素敵な店名です!」
「何とも不思議と人の心を掴みそうな響きですな」
こうして私達はGUILDを名乗り、ソフィアの描いた看板は職人の技により立体的に彫刻され、唯一無二の不思議な記号と、不思議な響きのその言葉に多くの者が注目し、GUILDは大躍進を遂げて行った。