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ソフィアの仕事

 私達はフムスの語る事業内容の説明に耳を傾けている。

「───であるからして、用心棒をしてくださる方々がある程度纏まって居てくれると、我々商人も話を持って行き易いですし、そうなると迅速な商品の移動が出来るようになります。ですから、その用心棒達の取りまとめ役を皆様方にやって頂きたいのです」

  

 私の実家インテューム家もそうだったけれど、ある程度の家柄になってくるとその家でも武力を保有するようになる。デネブラウ家は私兵で、私の家は弟達の相手すらしてくれないケチな用心棒程度だったけれど······。

 そうして人や物品の移動に高貴な者達が関わってくれば、その者達が保有する武力がその護衛に就くことになる。しかし一般庶民同士の物流にはその武力が関わる事は無い。

 なのでフムス達の様な一般の商人達は、町と町を移動する際には腕っ節に自身のある者に金を支払って護衛を頼んでいるのが現状だ。


 フムスにも贔屓の用心棒達が居たが、今回は頭数が集まらず仕事を拒否された。それでも急ぎの案件を頼まれていたので、二人組の用心棒を連れて出発し、危うく自分も命を落とすところだった様だ。


「───この様な内容ですが、お手伝い頂けないでしょうか?」

 要するに、作物を納めて欲しい領主と作物を納めたい農民の間に入っている地主の様なものだろう······違うだろうか?

「フムスさん。そのお話しお受けします───あ、私達だけでは知識が足りないので、暫くはフムスさんにもお手伝いを頂きたいのですが?」

「はっはっはっ! それはそうでしょう! 交渉成立という事で宜しいですね?」

 断る理由は無い。グレイスも特に何も見せてこないで静かに経過を観察している様だ。



 それから体型の割には行動が早いフムスに連れられて、私達は拠点となる家を探す事になった。商人としての習性か、フムスは優良な物件には既に目を付けてあり、グレイスの予知で見ていた通りの物件に住居兼営業所は決定した。


 何かを探すなんてドキドキする筈なのに、グレイスの予知は見たくなくても勝手に見てしまう事があるので、こういった選ぶ楽しみが無くなってしまうのが不満の種ではある。



 大通りの一等地からは外れ、少し奥まったところにある平屋の建物に、私達の『用心棒派遣所』はひっそりと居を構えている。

 玄関から入った大部屋を事業用の空間で使い、他の部屋は居住空間に当てる。家財道具なんて持ち合わせて居なかった私達でも、前の所有者が残した家具が有る為、それなりの生活感は出せそうだった。しかし───

「Oops······酷いわね。管理とかしてないのかしら?」

「ああ、酷い埃だ。取り敢えず布団は全部外に出しておくよ」

 先ずは住めるようにする為に家の大掃除が必要だった。


 ウェルが布団を外に出し、塀に掛けて干していく。私とアルバは底が抜けていない容器を持って水を汲み、私は掃き掃除を、アルバは拭き掃除を始めた。ウェルとフムスは男手で大きな家具を動かして模様替えをしてくれている。


 取り敢えず腰を下ろしてもお尻が真っ白にならないくらいには片付いたところで、一旦休憩を入れる事にした。

「ところでフムスさん。この家は何故、空き家になったのですか?」

 私も気になっていたけど、アルバが先に聞いてくれた。


「───ここは、私の商人仲間の家で、家族連れで一緒に町を渡る奴でした。一年前に山賊に襲われしまって······まあ、見た者が居ないので、壊された馬車からの推測ですがね───それからこの家には誰も帰って来る事は有りませんでした。仲の良い家族でしたから、皆で一緒に逝けている事を祈っています······」

「そう······ですか」

「アルバさん、どうされました?───彼等も自分達の家が憎い山賊対策の拠点になるのですから、きっと喜んでくれているでしょう!」

 アルバは興味本位から聞いた事の答えに、胸を締め付けられてしまっただろう。


 魔物も商人の馬車を襲う事はあるが、やはり人の手による破壊痕と魔物の破壊痕には違いが有る様だ。

 “山賊”と断定されているならば、それはアルバの元同業者の犯行なのは確定だ。せめてもの救いは、アルバが居た集団とは縄張りが違っていた事だろう。

「フムスさん! 私はこの事業を成功させて山賊と魔物の被害から多くの人を守ります!」

「? いやはや何やら熱くなって頂けて頼もしい限りです!」

 アルバは人一倍思いを込めて、掃除の続きに取り掛かった。



 庭草もきれいにして、壁に絡んだ蔓草も払って、要らない机にその蔓草を被せてレプリスの家を作って上げた。───ちょっと小さいようだ······。落ち着いたら、森から良い感じの枝を拾って来よう。

 

 ウェルが何処から引っ剥がして来たのか、板を持って庭に現れた。何をするのかと見守って居ると、地面に置いた板に土を掘って乗せていっている。

「ウェル、何をしているの?」

「看板を作ろうと思ってね」

 ウェルの手元を見ると、『用心棒派遣所』の文字の形に土が避けられて盛られていた。


「さあ、見てろよ······炎よ!」

 ウェルは手の平から炎を出し、その土を盛った木を炙り始めた。

「はあ! 成る程」

「これは考えましたな」

 アルバもフムスも───グレイスも何か閃いた様だけど、私にはさっぱり分からない。

「───ふう、こんなものかな?」

 シュルシュルポンッ! と最後の炎が吹き出して、ウェルの作業は終わった様だ。


 そしてウェルが炙った板の端を持って折角盛った土を落とすと、そこには───

「Wow! 凄いわ! 文字の形に焦げてる!」

 土を払うと『用心棒派遣所』の文字の形に炭化して黒くなった跡がくっきりと残っていた。

「ほう······彫刻をするまでもない簡易的な物には良いですな。何処でこれを?」

「孤児院でこうやって遊んでたんだ。その時は丸とか、もっと簡単な記号ばかりだったけど。でも院長に見つかると、こっ酷く怒られるんだ!」

 いやあ、これは良いものを見せて貰った。グレイスも予知を見せて来なかったから、“見たらつまらない”って、グレイスもわかってるわね。



 例え立派な看板を持った素晴らしい箱が完成したとしても、派遣事業なのだから人材が必要である。

 そういう事業が始まった事は、フムスの口から商人仲間に広める事は出来るが、私達は私達で派遣する用心棒の人材の確保しなければならず、勧誘に頭を悩ませていた。


 この国、この世界の人の生活圏以外の広大な緑の土地には、多くの魔物達が我が物顔で跋扈していて、人が立ち入るのを拒んでいる。

 そうかと言って畑で野菜だけ育てていれば良い訳で無く、森に肉を求めに行く事も有り、腕っぷし自慢は大勢いる。───のだが


「───こういった事業を始めたのですが、私達と一緒に用心棒をしませんか?」

「あんたに俺の用心棒を派遣したいんだが?」


「お兄さん強そうですね! 俺達と───」

「ンだテメエ! 喧嘩売ってんかコラァ!」


「私達の事業に登録して頂くと、私達が商人からの依頼を仲介して───」

「それって、お宅を通す意味有るの?」


 惨敗だった。グレイスの予知は大雑把な流れを把握する事は出来るが、目まぐるしく状況が変わる直近の事にはあまり役に立たない。

 ウェルも誰かの依頼を受ける事はあっても、誰かに依頼をする経験は乏しかった。

 一番交渉事に長けているアルバも、事業内容が理解されずに相手にされなかった。


 そんな私達に、フムスは商人の視点からアドバイスを出してくれた。

「交渉の方法を変えて見ましょうか? ───そうですね······いっその事、案件を持ち込んで見ましょう」

 

 私達はフムスが用心棒に支払える金額と、往復に係るおおよその期間を木簡(表面を削って再利用する木の板のメモ帳)に控えて営業に回る事にした。

「この金額とこの期間で商人の護衛を出来る方を探しています。ご協力頂けませんか?」

「お? いい値だ! ───でもな、一人じゃ心配だな」

「!! でしたら報酬を人数割するとして、何人必要になりますか?」

「そうだな······俺は弓は得意で、仲間に剣が得意な奴が居るんだ。そいつにも声を掛けてみてだけど·····5人······6人は欲しいかなあ。でも報酬がな······」


 結局集まったのは、私が集めた二人とアルバが集めた二人の計四人が集まった。しかし集まった用心棒も、人数的な不安が払拭出来ず、あまり乗り気で無い。

 そこで漸く、焦らしに焦らしたグレイスが助け舟を出してくれた。グレイス······もしかして私達が苦労してるのを楽しんでる?


「───皆さん、一つ提案が有ります。あそこに居る魔物、名前をレプリスと言います。そのレプリスを無償で貸し出します。強くて賢い子です! それで用心棒の依頼を受けて頂けませんか?」

 集まった四人も、レプリス達アウレスフェリスには狩りに出た際に一度は遭遇した事があって、その脅威は身に沁みていた様だ。

 そんな頼もしい味方を得た事で、四人の錆び付いていたかの様な首は、まるで嘘の様にスルスルと縦に動いた。ただ、魔物だけ寄越されてもと言う事でウェルも同行する事になり、初仕事の交渉が成立した。



 私はフムスの自宅へ行くと、上機嫌に契約成立の報告をした。

「皆さんご苦労さまでした。これで私も安心して商売ができます。ウェルさん、宜しくお願いしますね!」

 協力者には前払いで報酬金の1割を、私達は報酬金の1割を仲介手数料として請求し、初の収入を得る事が出来た。


 そして家に戻った私達は夜空を見上げていた。

「I'm over the moon...」

「え? なんだって?」

「マリア様、それはどう言った意味の言葉なのでしょうか?」

「えーと······月を飛び越える様な気分、かな? それくらい嬉しいって事よ!」

 ウェルは夜空に浮かぶ月を見上げて「へえー」と感心しているが、アルバは少し表情が固かった。

「アルバ、どうしたの?」

「······私はこんなに幸せな気持ちで居ても良いのでしょうか? 私は幸せを奪って来たのに······」


 その言葉にウェルの視線も月から降りてきた。

「アルバ、昼間言っていたじゃないか、“多くの人を守る”って。それで良いんじゃないかな? それでアルバも幸せなら、それで」

「そうよアルバ。だってアルバはその時のアルバだけがアルバじゃないもの! 幸せだったアルバ、幸せを奪ったアルバ、これから幸せを守るアルバ、みんなアルバよ。

 だから良いの、みんなの幸せを守る事を贖罪として、アルバが幸せになっても良いのよ」

 アルバの頬を涙が伝い、グレイスが感心しながらもニヤニヤ顔を向けてくる。



 私が月を見上げると、グレイスも月を見上げた。きっと私の家族も今、同じ月を見ているだろう。

 そしてグレイスの家族も同じ月を見ているのだろうか? 私はグレイスには内緒でグレイスの国を探してやろうと思った。


 でも全くの別世界に感じたし、まさかあの月を越えた先にあるとか言わないわよね?

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