Path of grace
ソフィアとウェルは耳の長いTigerの魔物、レプリスを仲間に加えて旅を続けている。
レプリスはサーカスで見たTigerよりも少し大きいだろうか? 毛の色は茶色と白で、Tigerの様に黒では無く色の濃淡で模様が出ている。一番の特徴は長い耳で、長さはソフィアの腕くらいはある。それがピンと立っていて······男の子の様だし、Lionのたてがみみたいなものだろうけど、邪魔ではないのだろうか?
そしてレプリスの首には、ソフィアのドレスで作られた可愛いリボンが巻かれている。引っ掻いて外そうとしないので、とても賢い子なのだろう。
ソフィアはゴブリン退治の格好が動きやすくて気に入った様で、その作業着を(ウェルが)買い取って着ている。
そして今、ソフィアがあのドロワーズみたいな恥ずかしい下衣を履いて歩いている道には、馬の足跡と車輪の跡の様なものが残されている。そう言えば馬車しか見たことが無いが、機関車は走っていないのだろうか?
暫くその道を歩いていると、レプリスが森の中を睨んで唸り声を上げた。
「どうしたのレプリス?」
「マリアはレプリスの後ろへ───」
ウェルが剣を抜いて敵襲に備えるも、森の中の何者かは平然と私達の方へ向かって来る様だ。ウェルの未来ヴィジョンは───この後争いは起こらない様だから放っておこう。
「お前達そんなところで何をしている? この街道は山賊に目を付けられているぞ。街道を歩いて無事なのは護衛を連れた者くらいだ。あっちの町に行くのだろう? 私が案内してやろう」
森の中から現れたのは槍携え弓を背負い、蛇の様な尻尾を持つ薄氷色の髪の魔人種の女だった。
この女のヴィジョンは───
「初対面の貴女を信用しろと言うのか?」
「そうだ。森の中なら姿を隠しやすい。私は安全な森の中を行くが、嫌なら止めはしない」
「······マリア、どうする?」
「どうしよう······ちょっと待って───」
街道を行った先に見たのは、11人の山賊に襲撃されるヴィジョンだった。私はソフィアにそれを見せて、薄氷色の髪の彼女と森の中を行く事を提案した。
森の中を歩いていると、薄氷色の髪の女は自己紹介を始めた。名前を“アルバ”と言い、歳は20になる様だ。ソフィアが16で、ウェルが18だから、この中では一番お姉さんになる。······私は享年15歳だから、永遠に15歳だ。
私にはお姉さんは居なかったし、ソフィアにもお姉さんは居ない。寧ろやんちゃな弟に困らされていた方だから、お姉ちゃんか······なんか憧れてしまう。
その後アルバはとても語り慣れた口調で、自分の身の上話を次々と聞かせてくれた。
日が傾いてきたところで、私達は野営の準備を始めた。ウェルは長い枝を集めて骨を組み、布を張って簡単なテントを作り、火を起こした。その間に私達とアルバは、レプリスを連れて山菜を採取して歩いた。
この日の夕食は干し肉と山菜のスープだった。私達が適当に採ってきた木の実と野草から、下処理が簡単で殆どそのまま食べられるものをウェルが見繕って調理してくれた。
「マリア、これは毒があるぞ」
「そうなの? アルバが大丈夫って言ったけど?」
「あ! これは申し訳無い! しっかり見ていなかった」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
ウェルはアルバを警戒こそしているが、疑ってはいない様だ。
それにしてもウェルはとても物知りだ。やっぱりこういうのは一度当ってみて学んで行くものなのだろうか?
食事を美味しく頂き、特にやることも無いので寝る準備を始めた。
「天幕は二人で使ってくれ」
「良いのか? 私は外で構わないぞ」
「遠慮しなくて良い。布の量が限られてるから、粗末で狭いけどな」
「そうか······それでは有り難く使わせてもらう。普段は二人で入っていたのか?」
「「······」」
「そうか、邪魔したな」
それぞれ用を足して、ソフィアとアルバがテントに入り、ウェルは周囲を警戒してから火を消した。
夜遅くまで煌々と焚火をしていると、それはそれで山賊を呼んでしまう事になるらしい。
テントの中でソフィアとアルバは向かい合い、身体を丸めて小さくなっていた。
「マリアの魔力は、二つの魔力が交ざって見える。こんなのは初めて見るな」
「そうなのよ。私も他に見たことが無いの。───アルバの魔力の色は少し濁って見える。でも本当はアルバの名前と同じ綺麗な白なのね」
「え!?」
アルバは今二つの事に驚いているだろう。一つは、隠し持ったナイフに伸ばした手を服の上から震える手で押さえ付けられた事。
もう一つは、自分の魔力が薄汚れてしまった事を言い当てられた事だ。
「───何で? 分かってた······? いつから? ······私の魔力はもうドブ色なのに···何で?」
「アルバ、貴女の罪を私に懺悔して······そうすれば、きっと楽になるから───」
尻尾をピタリと尻に付けたソフィアは、ゆっくりとナイフを押さえる手を離し、アルバの頭に両手を回して優しく胸に抱いた。
私はソフィアが用足に立った時に、未来のヴィジョンを見せて予行練習をさせておいた。これが最善───私がアルバを見た時から決まっていた最善の経路だ。
「マリア······マリア様、私は───」
アルバは今所属している山賊に村を襲撃され自分以外の家族を殺され、村の何人かの女と一緒に攫われると早速慰み物にされた。
いよいよアルバの順番が回って来た時に、アルバは「自分に対する凌辱行為をしない事」「他に売らない事」を条件に、山賊の仲間になり獲物に取り入って連れ出す役を買って出た。
それが中々上手く行き、今もこうしてマリアを人質にウェルとレプリスを無力化し、仲間の山賊を呼ぼうとしていたところだった。
ウェルにもアルバが用足に立った際に、未来のヴィジョンは予想として伝えてある。ウェルも今テントの外から聞き耳を立てて、アルバの懺悔を聞いた事だろう。
その時に私が見ていたウェルの未来のヴィジョンはこうだ。
森の中に松明の炎が二つ見える。それは中々合図の松明を点けないアルバに業を煮やした山賊の仲間二人の松明の灯りだ。
ウェルとレプリスは寝たフリをして、山賊二人を誘き寄せると、逆に奇襲を仕掛け二人を殺害する。
予知通りに事は進み、アルバは監視役が居なくなった事で、装備を脱いで傷を付け、ここで身ぐるみ剥がされて連れ去られた体を演出して、山賊から足を洗う事になった。
残り18人の山賊が居るアジトには、戦力的に乗り込んで壊滅させるなんて訳には行かず、山賊の対処は次の町に任せる事になった。
次の町に滞在して準備を整え、更に旅を進める私達の目に、山賊に襲撃されている馬車が映った。
馬車には恰幅の良い中年の翅の魔人種の男が乗っており、脚を怪我した馬を走らせこっちに向かって来る。それを四人の山賊が追いかけ、その向こうには護衛に就いていたであろう男二人と、山賊の仲間の男一人が血を流し倒れていた。
翅の男は私達の姿を見つけると必死に助けを求めて来た。
「金は払う! 助けてくれ!」
「マリアどうする?」
ウェルがソフィアに確認を取ってきた。今までの事も有り、ウェルはソフィアの選択に信頼を寄せてくれる様になった様だ。
私はソフィアと未来のヴィジョンを共有した。
「───え···そうなの? ウェル、この人は重要な人よ。助けましょう!」
商人の男の申し出を受け、ウェルとアルバとレプリス、それと何もしていないけれどソフィアは山賊を討ち倒した。
「いやあ、助かった助かった! お兄さん方、もし良かったら町までの護衛をお願いしても良いだろうか?」
ソフィア達は商人がチラつかせた物に釣られたのもあるが、人助けの精神から護衛の依頼を受け、レプリスに馬車を引かせて先程の町に引き返した。
商人は無事に商品を届ける事ができて大変喜び、自宅に私達を招いて食事を振る舞ってくれると言う。
翅の魔人種の男“フムス·メルカートル”の家はそれなりに裕福で、レプリスが庭で大あくびをして寛げる程だ。
妻とまだ小さい子共が三人居て、父子が戯れ合う光景にウェルは自分の行いを誇り、アルバは過去の行いを恥じ、ソフィアと私は残した家族に思いを馳せた。
フムスの奥さんが腕を振るった料理はとても美味しそうで、味と香りはソフィアと共有して伝わって来るが、やはりそこは自分の舌で味わいたく、とても口惜しい。
特にフムスが美味しそうに食べる姿はそれだけで食欲をそそる。なんでも「胃袋を掴み掴まれ結婚に至った」そうだ。
料理が綺麗に胃袋へ納まったところで、フムスが私達を招いた本来の目的を話し始めた。
「私は今ひとつの事業を考えています。私達商人は町を行き来する際、先程皆様に依頼した様に、腕に覚えのある方に護衛を頼んでいます。
ですが、なにぶん好き勝手な連中で、要求する報酬もその時々で違い、どこに居るかも分からず、今回もどうにか引き受けてくれる者を見付ける事が出来ましたが、楽な小遣い稼ぎ程度に考えていたのでしょう······あのザマです。
ですから私は、商人と護衛に就ける人材を繋ぐ為の組織を作りたいのです」
───来た!! 川が大きくなった! 私とソフィア、私達マリアの葉っぱが流れる運命の川が一気に広くなった!
本流に支流が合流する事で川がどんどん広くなる様に、私が見るヴィジョンも、私の知識や経験が増す事で鮮明さが増して行く。
川幅が増す事で未来は安定するが、それでも安心はできない。川のド真ん中を流れて居れば良いが、川岸に引っ掛かったり、淀みに嵌ったりもする。
そして今がまさに川岸に沿って流れているところだった。
「フムスさん、俺達は今東の方に向けて旅をしているんだ」
そう、ウェルは身体に染み付いているのか、愚直に旅を続けようとしている。私は急いでソフィアに未来のヴィジョンを見せた。
川岸に引っ掛かかる······ウェルと旅を続けても、何れウェルはこの仕事の重要性に気が付いて、またこの川の流れに戻れる可能性はある。
でもそれでは事業の後発になってしまい遅れをとってしまうことになる。なのでここでウェルの首を縦に振らせる事が、最善の未来への道になるのだ。
「───私は、ここでその仕事をしても良いかなぁ?」
「え? マリアが東へ行きたいって言ったんだろ? あ、そうだ。マリアは残って、俺は前と同じ生活に戻れば良いんだ」
ウェルが欠けてもアルバが欠けても、私達マリアの未来は完成しない。私は全力を振り絞って、未来のウェルがこの仕事を通して何を幸福に感じたのかを探した。
「───ウェル、旅をして回らなくても、この仕事で沢山の人助けが出来るのよ。何ならより広く、それこそ他国にまで事業規模を広げて、そこの国の人達も助けられる。······お願いウェル、私を助けて───」
最後の一言はソフィアがアドリブで、潤んだ瞳で上目遣いに自分を小さく弱い女に見せて言った。
───未来のヴィジョンを見ずとも、今のでウェルのオトコ心が揺れているのが分かる。それと同時にソフィアのウェルを逃さないという強い意志······貪欲さ、それも私の心に強く伝わって来た。······ソフィア、なんて恐ろしい子。
「それもそうか。そうしてその組織が人助けをすれば、俺一人が頑張るよりもっと多くの人が助けられるな!」
「素晴らしいです! 世界展開とは、私もそこまでは考えていませんでしたよ! これは良き商売仲間を見付けることが出来ました! ───アルバさんは?」
「私は一生涯を掛けて、マリア様にお仕え致します」
「ありがとうアルバ」
アルバはどの未来を見ても、私達マリアに忠誠を誓っているから大丈夫だ。
フムスという大きな川が合流した事で、私とソフィアのマリアの葉っぱは、無事川の真ん中を安定して流れて行く。