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River of grace

 私はこの感覚を知っている。“予知で何度も見た”という事では無く、現実に崖から身を投げた浮遊感の事だ。


◇◇◇◇

「グレイスちゃん、いつもありがとう! また教えてね!」

 近所のおじさんが私にありがとうと手を振って、お父さんと話しをしてから帰って行った。


 田舎の小さな村の平凡な家庭に生まれた私には、後ろの世界が見えていた。人の後ろに見えるから後ろの世界だ。

 それが未来のヴィジョンだと分かるのは、私が10歳になった頃だった。


 友達が、友達の後ろの世界に居た目をそむけたくなる人と同じ姿になって死んだ。それから私はその後ろの世界が、その人の未来のヴィジョンである事を理解した。


 ある時好意から、別の友達が友達同士で喧嘩する事を教えて上げたら「何でそんな事言うの!?」と言われ、それから私は独りぼっちになった。


 ある時お父さんに「明日は大雨になってお父さんはとても困るから、今日はまだ種は蒔かないほうが良いよ」と教えて上げたら、翌日困り果てたお父さんから、「もっと沢山教えてくれ」と言われて、教えて上げたらとても喜んでくれた。

 それから私は、その能力を家族の為に村の為に使った。その能力は村に多くの実りを与え、その能力の噂が広がった頃に私は誘拐された。

 みんなに「私が居なくなる」って言っても、ちっとも信じてくれなかった。



 私は黒い煙を吐く機関車と言う大きな黒い物が走るロンドンという大きな都市に連れて行かれて、占いの仕事をする事になった。個人相手の小遣い稼ぎから、町単位、都市単位と規模に比例して対価を受け取り、私を誘拐した斜陽貴族は再び右肩上がりに栄華を享受し始めた。


 私には外を出歩く自由は無かったが、生活する上での不自由は全く無かった。ただ目の前の人物に聞かれた事を答えれば良い。それだけで美味しい料理を食べられるし、綺麗な服を着ることが出来る。

 読み書きと計算の教育も受け、字を読める様になると屋敷の本に目を通す様になった。そうする事で私の知識が増えた為なのか、私の見る未来のヴィジョンもより精度を上げる事が出来る様になった。


 狭くはあるが部屋も用意され、寝床もメイドが毎日清潔に手入れしてくれ、お父さんとお母さんに会いたい寂しさはあるが、今の生活を手放す気にはなれなかった。



 そんな私に最後の時が訪れた。私が15歳になった年、アコギな商売をする集団に依頼され“商売敵のボスの殺害が成功するか否か”を占った。私は見た未来を嘘偽り無く言った。


「成功します」


 結果は私の予知通りだった。アコギな商売の親玉同士が抗争で死んだ。それに腹を立てた子分達に、いつもの路地で営業していたところをお付きの男の人二人と一緒に拐われた。



 私達は子分達の鬱憤をその身に受け、早々にお付きの二人は声を上げなくなり、私は崖っぷちに立たされた。

「オウコラ、テメエの運命言ってみろや!」

 私は少しの間目を閉じて自分の未来を見た。

「───私は、何か大きな組織を作ります。その組織は沢山の人や、犬や猫の姿の人、鳥の······ハーピィの様な人も沢山利用しています。わた───ああっ!」

「ザケンなボケが! 死ぬんだよクソビッチ! テメエは鳥の糞みてぇに岩場にこびり付くんだよぉぉぉぉ!」

 私は浮遊感を感じながら、いずれ出会う信頼できる仲間達に想いを馳せた。

◆◆◆◆


 

 何かが焼ける匂いを感じる。魚と木······だろうか? パチパチと爆ぜる音も聞こえる。匂いも音も鮮明で、何なら熱も感じる。はっきり言って熱い。早く起きて! 私は貴女が目を開けないと何も見えないの!

「───熱っつい?」


 私の目の前には焚き火と、その火に掛けられた魚が目に入った。どうやら鮮明な匂いと熱はこれが原因だった様だ。

「え、熱かった? ゴメン! ちょっと火に近かったかな?」

 横向きに寝かされていた私は声の方に顔を向け、声の主の顔を確認した。この人は······ソフィア、この人の名前は───

「おはようウェル───あ、あれ?」

「え? おはよう······今初めて話すよね?───俺はウェル······だ。君の名前を教えてもらっても良いかな?」

「私は───」


 彼の未来のヴィジョンとソフィアの未来のヴィジョンによれば、この二人はいずれ同じ布団で顔を合わせることになる。

 ソフィアにはまだ見せる訳にはいかないから、これは秘密にしておこう。


 それより名前か······お借りしても良いだろうか?

「私は······! マリア! さっきはごめんなさい。知っている人にそっくりだったからつい······。あらためてよろしく、ウェル」

 ソフィアが勝手に名乗ってしまった。こうなってしまっては仕方が無い、私達はマリアと言う事だ。


「マリアかぁ······素敵な名前だね! ところで、どうしてマリアは川を流されていたんだ?」

 やっぱり聞かれる······何か良い言い訳を······

「───分からないの。今は自分の名前しか分からない······」

 あ! ソフィア良くやった!

「頭を強く打ったのかな?······あ! そうだ、ウェルっていう俺にそっくりな知り合いが居るんだろ? その人の家とかは覚えて無いのか?」

「Oops! ······ごめんなさい、家を思い出そうとすると······うっ、頭が痛い───」

 嘘を嘘で誤魔化した······。これで大丈夫そう。いずれ然るべきタイミングで打ち明ける事になるけど、今はこれで良い。


 私の未来視通りウェルはそれ以上詮索する事は無く、私はソフィアが噛り付いたホクホクの魚の身を間接的に堪能した。



 その後、ソフィアはウェルに意趣返し···では無いけれど、何故ここに居るのかを聞いた。そうしたらウェルはしっかりと語ってくれた。


 ウェルはユースティティア孤児院という所で育ち、2年前から何処に定住する訳でもなくフラフラと国内を巡って生活をしている様だ。

 資金源は行く先々のお手伝いの報酬で、自力で調達出来ない衣類や道具代に充てるという生活をしていて、今の私達にはお誂え向きの好物件だった。

「私を一緒に連れて行って」

 勿論ウェルは首を縦には振らなかったが、このまま彼を逃がす訳にはいかないので、私達は必死に食い下がった。


 直近の未来視は些細な分岐が多過ぎてあまり役に立たない。川に葉っぱを流すとすると、川の流れという運命の前には葉っぱがどこを流れるかなど関係が無い様に、葉っぱを流す(説得する)事さえ止めなければ川の流れ(運命)に沿って流れて行く。

 私はソフィアに未来のヴィジョンを流し、ソフィアに頑張って言葉を選んで説得してもらった。


「───分かったよ、一緒に行こう」

 ウェルは乗り気がしないながらも了承してくれた。ソフィアの方も家族を残して行く事に抵抗はあるが、ウェルの(運命)とマルティナの(運命)、どちらを流れるかなんて彼女に選択の余地は無く、最善の未来のヴィジョンに向って流れるしかない。



「西に行く」

「東に行きましょう」

 早速意見が分かれた。ウェルは東から来たのだから、東に行くと言う事はただ後戻りをする事だ。

 私達としては、最速最短でテネヴァー領から抜け出したい。南は······駄目だ、連れ戻される未来が見える。最低でも南東だろうか······


「じゃあ、南は?」

「嫌───、嫌なものが近い気がする」

「じゃあ、南東は?」

「······東南東」

 進む方角が決まると、ウェルは火の始末をして背嚢を背負い、護身用の剣を腰に提げた。ソフィアは───歩き辛そうなドレスだ······。



「ウェルはずっと一人で旅をしていたの? 魔物とかも出るのでしょう?」

 取り敢えず森から抜けるために、私達はウェルが来た道を引き返している。


 私は未来視は出来るが、過去を見るというのはできない。未来のヴィジョンから過去を推察する事は出来るが、殆ど感の当てずっぽうだ。

 それならば未来のヴィジョンを肯定する為の材料として、過去はリサーチした方が手っ取り早い。───なので、ソフィアに頑張ってもらおう。


「そうだよ、一人だ。───いや相棒が居るぞ、こいつだ!」

 ウェルは腰に下げた剣を抜いて高々と掲げた。

「俺の相棒のデュランフェルムだ!」

 ダサい······

「(ダサっ!)刃がキレイ! 凄く研かれていて凄く切れそうで凄く強そう!」

 良かった、ソフィアとは感性が一緒の様だ。


「そ、そうか!? へへへ、俺はこいつに命を預けているから、手入れはきちんとやってるんだ! 見てくれよ! ここのちょっと深い打痕は───」

 気分を良くしたウェルは、私達に自分の武勇伝を聞かせてくれた。


 ソフィアは良いところのお嬢様で、魔物なんてものが出るような危険な場所には住んでいない。自宅にはあの男から贈られて来た魔物の剥製が数体飾られていたが、それが動いている実物を見たことは無い。

 当然グレイスであった私も、一度だけ貴族が連れて行ってくれたサーカスで、Lion. Tiger. Elephant だったかの異国の動物を見た事はあるが、魔物なんて生き物は見たことが無い。本で見たMonsterとかだろうか?



 ウェルが孤児院を出てからの冒険譚は私達には新鮮で、気付かぬ内にウェルの話に耳を傾けていた。

 本格的に冒険が始まったのは、先ず住み込みで働いた鍛冶屋で、あのナントカという名前の剣を餞別にもらってからだそうだ。


 話に聞いた限りでは、魔物の家に人が間借りしている様なこの世界を、その身一つで回るというのだから本当に馬鹿げた話だ。

 人が使う交易路から外れて森の奥へ入ってしまうと、太刀打ち出来ない様な奴に遭遇してしまう······なんて私は言っているけど、ここは大丈夫なのだろうか? ───死ぬ未来は見えないから大丈夫だ。



 逆に人類なんて危険生物の領域に入ってくる様なのは、魔力を持たない野生の動物か、力の弱い魔物だそうだ。

「───野宿をしていてウィリディスに囲まれたときは───、───山犬は火を放って追い払い───」

 

 私はウェルが話す冒険譚を聞いていると、ウェルの未来のヴィジョンが鮮明になってくるのを感じた。

「Hero······」

「ひーろー? なんだい、それは?」

 ソフィアがポツリと呟いて、適当に誤魔化している。私が貴族の屋敷で読んだ“悪いドラゴンに攫われたお姫様が勇者(Hero)に助けてもらう話”を思い出したのが、意図せずソフィアに伝わってしまったのだろうか? 恥ずかしい······

次話からは週1で投稿する予定です

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