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それは二人の愚かな女の物語

 あれから私達達はエルフの母子を連れて最寄りのGUILD支部へ帰還した。ウェルの放った炎の魔法は森へ引火しており、魔法の炎が消えても延焼した炎は消えず、大きな火災へと発展した。

 翌日には大雨が降り、夜には消火され、次の日の出を待って捜索隊が出発したが、ウェルを見付けて連れ帰る事は出来なかった。



 私達が失った未来では、町への被害を出さずに魔物の群れを退けた事で、GUILDが英雄と呼ばれていた。しかし今私達が流れたこの未来では、ウェルの勇敢さを讃え、彼が勇者と呼ばれる事になった。

 私達はあの場所を勇者ウェルの聖地として、彼の愛剣ドゥオ·デュランフェルムを模した剣トレース·デュランフェルムを奉り、訪れる度に石を積む習慣を作った。

 この習慣は後の世にも受け継がれ慣習となり、多くのウェルの後輩達がここを訪れては彼の偉業を讃え、立派なMonumentを作り上げてくれる。



 私達はエルフの母子をGUILD本部に連れて返り、エルフの母に協力して貰い、エルフ語の辞書を制作する事にした。

 排他的なエルフと領土争いを繰り返す国は多い。その地でGUILDの冒険者がエルフと遭遇した際に、言葉が通じれば、無益な争いを避ける事が出来る様になるし、いずれはエルフの中にもGUILDの冒険者として活動する者が出て来る様になる。

 ウェルもきっとこの方策を一緒になって喜んでくれる筈だ。私達が見ていた未来では無かった事だが、きっとウェルが思い描いていた未来は、エルフ族とも仲良く手を取り合える未来だろう。

「グレイス······きっと私達は多くの運命を弄んだ罰を受けたのね」

『でもそれを私達はウェルに肩代わりさせてしまった······』

「ねえ、グレイス······ウェルは許してくれるかな? ウェルの背中を追う事を······」

『そうねソフィア。ウェルの背中を追う事······私達は彼の未来を見続ける事を託された』

 私達はGUILDから延びる街道を窓から望む。そこはウェルが仲間と一緒に歩いていた道だ。そしてもうウェルが歩く未来の無い道だ───



 ───1年後。GUILD本部の庭では、ベアトリクスとルシアとエルフの子シュブルが、日向ぼっこをするレプリスによじ登って遊んでいる。それを「怪我をさせてはいけない」と心配そうに見守るヘレナに任せ、私達とアルバとエルフの母ミルトゥは、ベンチに腰掛けお喋りをして居た。

「ミルトゥさん、シュブルは将来どうするつもりなのですか? その······結婚とか」

 アルバがミルトゥに聞くと、ミルトゥは片言のEnglishでいたずらっぽく答えた。

「エルフノ集落ニハ、モウ帰レマセン。モウ私達ハ、仲間ト思ワレナイ。私達ハ、シュブルガ大キクナッタ、私達ハ旅ニ行キマス。エルフノオ嫁サンヲ探スカ、人ノオ嫁サンを探スカ、フフッ······ドウシマショウ?」


 ミルトゥと夫は余程変わり者のエルフだった様で、半ば駆け落ちの様に集落を抜け出し、何処の集落にも属さず、森の中を気ままに放浪していた様だ。

「それならGUILDで冒険者をやれば良いわ。今後諸外国とRankの取り決めを作ろうと思って居るの。Rank Aが最高位で、Rank Eを最下位として、Rank Aには相応の教養を以て自由に国を跨ぐ権利を与える───

 今それを進めているから、ミルトゥとシュブルには是非Rank Aを取って堂々と世界を回って貰いたいわ」

 私達はミルトゥに新しい試みの説明をし、そしてシュブルが15になる頃には、二人はエルフ初のA Rank 冒険者になり、世界を巡る冒険を始めた。

 


 そんな小さかった子供が冒険の旅に出る迄の間に、GUILDはRank制度の他に、適職診断制度も施行する様になっていた。

 それは武器の得手不得手を把握せずに、不得手な武器を使い続け、成果が上がらないどころか負傷、最悪は死亡するケースが後を絶たない為、それの改善策として導入した。───表向きは。


 その人が将来何で大成するかなんて、そんな事が分かるのは未来のヴィジョンを見る事が出来るグレイスだけだ。私達はグレイスの未来予知のデータを集めて、私の魔人種の目に映る魔力の表現で、その人が剣を得意とするのか槍を得意とするのか等の戦闘に関わる事から、農業が得意とか裁縫が得意とか迄、他の魔人種でも魔力を読み取る事でそこまで鑑定出来る様に、パターンを纏めておいた。

 一応神秘性を上げるために、天啓の儀と言う名称も付けたこの施策は、世界の血気盛んな若者達の冒険心に刺さり、多くの冒険者を世に排出する事になる。


「グレイス、これは罪······なのかしら?」

『これが罪なら、また罰を受ければ良いわ。地獄に行ってからもね』

「シュブルがおじいちゃんになるのは何年後かしら?」

『たしか200歳くらいから老年ってミルトゥが言ってた』

「私の身体、灰も残らないんじゃないの?」

『私達無事に生まれ変われるのかしら?』

「来世はこんな能力(ちから)いらないわね」

 そう、これは未来への布石。200年以上生きるシュブル(エルフ)の未来を見た私達の、魔王を倒し得る勇者を送り出す報復の一手だ。



 それから2年もしない内に、序列は下位ではあるが、アントニオとマルティナの子は王女のところへ婿に行き、ベアトリクスは王子を婿に貰い、私達とアルバは初孫の顔を見る事になった。

 そしてGUILDはその頃には、極東のタカーマガハーラ国から、極西のエヴィメリア王国にまで、大陸の北側にGUILDの支部を展開出来る様になり、私達はMasterの肩書をベアトリクスの夫に釣り合うように変え、Presidentマリアを名乗る様になっていた。



 娘達が二十歳を過ぎた頃、私達はベアトリクスとルシア、アルバとシノビ、そしてもう一人───

「お久し振りですプレジデント·マリア。マスター·ベアトリクスも、ルシアさんもお元気そうで何よりです」

 旧本部からフムスを呼び、本部の総裁室に集めた。


 私達の年齢はもう40に差し掛かってしまった。そしてベアトリクスも20を超え、小さい頃から私の仕事を手伝っていた彼女のキャリアは、もう後を任せるに足るまでに十分に成熟している。

「皆さん、其々忙しい中集まってくれてありがとう。今日集まって貰ったのは、私の進退と、それに伴う人事について······会議に上げる前に皆に話しておきたかったの」

 私の挨拶の後、部屋は静寂に包まれてしまった。少しはざわつくかと思ったけれど、皆固唾を飲んで私の次の言葉を待っている様だ。


 なにか「誰を」とか、「どうするのか?」とか聞いて欲しかったけれど、このままジロジロ見られていても困るので、さっさと言ってしまう事にした。

「私は次の年次総会を以て、総裁(President)の座を退く事にしたわ」

 今度は少しざわつき、フムスが期待通りの質問を投げてくる。

「後任はどうなされるのですか?」

 こうしてくれると此方も話易くなるものだ。

「言うまでも無いと思うけど、私の後はマスター·ベアトリクスに任せる事にするわ。よろしくね、ベアトリクス」

 私の言葉が切れると、一斉にベアトリクスに視線が向き、あたふたするベアトリクスの手をルシアが包み、祝福の言葉を送った。


「凄いじゃないアーリー! Presidentよ! 私の姉妹が一番偉くなっちゃったわ!」

 私もPrivateな時は使わせてもらっているが、ルシアからベアトリクスの愛称はアーリーで、その逆はルーシーだ。そして小さい頃から一緒に居る事が多かった二人は、お互いを姉妹と認識する様になっていた。

「い、一番偉いだなんてっ······ルーシー、私怖いわ! できないわ······。おか───! Presidentマリア、私にはまだその様な大役、務める事が出来ません!」

 断られてしまった。私は事前にグレイスと賭けをしていて、ベアトリクスが承諾してくれる方に賭けていた。賭けに勝った方のグレイスは、今ベアトリクスの隣に立って、片方の口角を上げて私の事を鼻で笑っている。もしかして未来を見た(ズルをした)のでは無いだろうか───


 私が気持ちを切り替えてベアトリクスの方を向くと、グレイスがベアトリクスの肩に手を置いた。

「ベアトリクス、大丈夫よ。貴女になら出来る。貴女には大勢の仲間が居るわ。私も皆に助けられてここまで来たのよ。それに私だって暫くは貴女の手助けをするわ。だから、ね。ベアトリクス」

 グレイスが私の代わりに、ベアトリクスの頭を撫でてやっている。今は一応立場が有るからグレイスに任せて、私は後で撫でてやろう。


 暫くにらめっこをしていると、いよいよ観念したのか、ベアトリクスは首を縦に振った。

「───わかりました。お任せ下さいPresidentマリア!」

 ベアトリクスが力強く答え、皆が拍手を以て彼女の決意を祝福する中。アルバは口に手を当てて嗚咽を抑え、椅子に腰掛けたまま背を丸めていた。

「お母さんどうしたの? ねえってば!? ───まさか、私が選ばれなかったから、とかじゃ無いわよね!?」

 ルシアが介抱しながら聞くと、アルバはルシアを抱き寄せて言った。

「ぅっ······そんな事無いわ。心配かけてごめんなさいルシア。······マスター·ベアトリクスも私の子供の様なものだったから···つい、嬉しくなってしまったの」

 そしてそこにベアトリクスも加わり、アルバは二人の娘を抱き寄せ大粒の涙を流した。


「いやはや本当に、実の母娘の様に仲が良かったですからなあ。シノビさんは混ざらなくて宜しいので?」

「某は父親らしい事も、夫らしい事も、何一つしてやれなかった。······姫、手前はどうすれば?」

 フムスだって娘達に会う度にベテランの父親の手腕を見せてくれたし、フムスの言葉に謙遜するシノビは、ルシアだけで無くベアトリクスの父親代わりにもなってくれていた。ただ物凄く仕事にStoicな父親で、ベアトリクスもその影響を色濃く受けてしまったのだけれども。

「フムスもシノビも私を支えてくれてありがとう。フムスには、こっちへ移って貰って次のPresidentの経営面での補佐をお願いしたいの。勿論待遇は弾むわ。

 シノビ、貴方の次のヒメはベアトリクスよ。引き続きカゲの育成と運用を行いつつ、ベアトリクスの剣になって頂戴」


「承知致しました。旧本部は長男に任せる事にしましょう」

「御意」

 フムスとシノビは次の役割を快諾してくれた。───人事はここまでなのだけれど、一人だけ何も言われなかったルシアが、私にチラチラ目配せしながらそわそわしている。

「Presidentマリア······私は?」

 催促されてしまった。ルシアはハッキリ言ってしまえばGUILDでは大成しない。しかもルシアのRomanticな未来をぶち壊す様な事を言えないのが難しいところだ。


 だから私はルシアがその未来を選べる様に、優しく勇敢な実父(ウェル)の話をしよう。ベアトリクスが迷わない様に、愚かな偽母()の話を明かそう。


「アルバ、フムス、シノビ、こちらへ───。ルシア、ベアトリクス、聞いて頂戴。

 ベアトリクス······私が貴女に継ぐのはPresidentの座だけでは無いの───」

 理解したアルバとフムスとシノビが私の後ろに立ち、まだ何が起こるか理解できていないルシアとベアトリクスは不安そうな表情を作っている。


「───貴女には私の名も継ぎます。貴女に引き継ぐ名は、マリア·グレイスソフィア·デネブラウ。

 ベアトリクス、ルシア······今から話すのは、ソフィアとグレイス······自分を守る為にマリアという殻に逃げた二人の愚かな女の、罪と罰の物語───」



 ─── 完 ───

 最後までお読みいただきありがとうございます。

 浅慮なソフィアと言葉足らずなグレイスのお話どうでしたでしょうか?


 他の作品も読んで頂けたら幸いです。どうぞ宜しくお願い致します。

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