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I love you

 明らかに異質なソイツの雰囲気に、さっき迄の怒りなど忘れて足が竦む私達と、泣き叫ぶエルフの赤ん坊を抱くエルフの母と、ソイツの三つ巴。ただし三竦みにはなっておらず、全ての決定権はソイツにあった。


 ソイツはエルフの母子の方を見ると、途端に眉間に皺を寄せ、牙を剥き出した。恐らく赤ん坊の泣き声が耳に障ったのだろう。

 予知通り───予知通りにそいつはエルフの方へ走り出した。そして予知通りにエルフの母は魔法で迎え撃ちながら逃走を始める。その時一瞬、私達に何かを訴える悲しい目を向けるのだが、それを汲んでやる事は出来ない。彼女達には役割りが有る───

 この後、アイツに追い付かれた母子が殴り倒され、アイツは怒りの矛先の赤ん坊を執拗に狙う事で、母は即死する事無く時間稼ぎをして、私達がアイツと交戦する時間を僅かなものにするという大役がある───筈だった。


「ウェル! 手を出しちゃ駄目!」

 ウェルはエルフの母子の方へ向かったソイツに、ファイヤーランスの魔法を放って気を引いてしまった。

(───こんなの可怪しい!)

 私の見た未来のヴィジョンではこんな事は無かった。機関車が敷かれたレールを走る様に、川の流れに沿って流れる葉っぱの様に、私が望んだ未来に向かっていた筈だ。


 ソイツの注意は完全にウェルの方を向いてしまった。決して少なくはない未来シミュレーションでも、アイツとまともに交戦した者に未来は無かった。だから私は止めたのだ。なのにどうして───

「ウェル何をしてるの! その二人を置いて逃げるのよ!」

 私の言葉にシノビ達もハッと我に返り、竦んだ足を後ろに下げ始めた。───そう、それで良い。なのにウェルはどうして予知通りに動いてくれないのだろう───


「マリア! それが君が選んだ未来か!」

「そうよ! みんな生き残るにはこれしかないのよ! これが最善なの!」

 何故だ───これが最善なのに、なんでウェルはわかってくれないのか───こんな未来、私は選んでいないのに、これはどういう事なのだ───


「赤ちゃんを殺してでもか! そんなものが最善なものか! その未来の俺は後悔していないのか!」

「······ぁあ」

 後悔していた······未来のウェルは後悔していた。でも、それでも死ぬよりはマシだ。······マシな筈だ。


「そこのエルフ! 向こうへ走れ!」

 ウェルがこっちを指差してエルフの母子に向かって叫んだ。エルフの母はウェルの意図を汲み取った様で、こっちに向かってが走り出し、ソイツもエルフを追い、ウェルはソイツに向かって走り出す。

 足を怪我したエルフは遅く、直ぐに追い付かれてしまうところをウェルの魔法が行く手を阻み、煩わしい炎に怒りを燃やしたソイツの目が、剣を構えるウェルを捉えた。


「皆逃げろ! ダビド、メッサラ、ルカス、そのエルフの人を任せた! シノビ! マリアを連れて行ってくれ!」

「何を言っているの! ウェルも逃げるのよ!」

 そんな事を受け入れられる訳が無い。こうなってしまえば一か八か、全員で逃げるしか手は無いだろう。私はウェルに叫ぶが、ウェルもまた私の言う事を受け入れる気は無い様だ。

「マリア! 君はギルドの長だ。この事を持ち帰って次の対策に繋ぐのが責務だ。だから見届けろ! 俺の一瞬先の未来を見続けろ!」


 ウェルの言葉の圧に気圧されて、シノビ達は文句を付ける事無く指示に従って動き、私はシノビに担ぎ上げられた。

「マリア! ルシアの事を頼んだよ······皆行ってくれ!」

「っ!? ウェルッ!?」


(今───なんて? 今なんて言った───? ルシアを頼むって───それって!)


 私はシノビの背中を拳で叩いた。叫びながら何度も何度も叩いた。

「降ろしてシノビ! 降ろせ! 降ろせよおおお!」

「姫、どうかウェルの生き様を! 勇敢な男の戦いを! どうか見届けてやって下さい!」

 ダビドはエルフの赤ちゃんを抱え、メッサラはエルフの母を背負い、ルカスは背後を警戒しながら走る。皆ウェルの勇気に心を打たからなのか、憤怒の原罪の影響を免れ逃走を開始した。


 シノビに担がれた私は、木々に視界を遮られてしまう前に、後にSatanと名付ける魔物の王の一つに、勇気を燃やした炎の剣を振り上げ、勇敢に立ち向かう勇者の背中に向かって叫んだ。

「I love you!」





 ウェルが振り上げた剣を振り下ろして、ファイヤーエッジの魔法の要領で炎の刃を飛ばすと、Satanは迫る炎の刃から顔を守るために、顔の前で腕をクロスさせて防御の姿勢を取った。

 Satanに命中した炎の刃は、Satanが内包する高密度過ぎる魔力の前には殆ど効果を発揮せず、皮を裂くと魔法の造形を崩して散り、一瞬の目隠しをしただけに終わる。

 しかしウェルはそれだけで終わらせなかった。ウェルはSatanの見せた隙に飛び込み、剣を振り降ろし、Satanが防御の為にクロスさせた両腕を切断した。


 Satanの絶叫が森に響き、金色の瞳孔がギンギンに光り、激しい怒りは裂けた口から凶暴な牙を剥く。そして、高く振り上げられた先の無くなった腕は、怒りの赴くままにウェルに叩き付けられた。

 ウェルは左腕でガードしたが、吐き気を催す嫌な音を鳴らしたその腕では、もう剣を握る事は出来ない。そして一瞬ウェルの目が捉えたSatanの腕の切断面からは、もう既に指の様な物が生え始め、ウェルが炎で目眩ましをして距離を取り、体勢を整える頃には、もう新しい手が完成してSatanの腕は元の長さに戻ろうとしていた。


 ウェルは剣を地面に突き刺し、手持ちの魔石を上空に投げる。そして剣を持ち、切先をSatanに向けて構えると、勇ましい雄叫びと共に突撃した。

 ウェルの突撃に合わせ、上空の魔石からストーンランスの魔法が放たれ、Satanに石槍の雨が降り注ぐ。魔法により具現化された石の槍は、Satanの魔力の干渉で造形を擦り減らしながらも、サタンの肩や胸、頭部にまで次々と刺さっていく。

 それでも、そこまでしても絶命に至らしめる事は出来ず、ましてやSatanの怒りのボルテージを上げただけに終わってしまった。


 Satanが恐ろしい表情でウェルに飛びかかってくる。私が恐怖からシノビの服を強く握ると、ウェルは剣の柄を強く握り締め、剣に残りの魔石の魔力と自身の魔力の全てを注ぎ込み、Satanの拳に左肩を砕かれながらも腹に剣を突き立てる。

 Satanが痛みに叫び、ウェルが雄叫びと共に剣に込めた魔力を開放すると、更に絶叫を上げるSatanの背中から炎の柱が轟々と吹き出した。


 見ているだけでも熱を感じる程の劫火に体中を焼かれながらも、Satanは拳を振り上げ、ウェルの背中にその鉄槌を叩き付ける。

 一瞬視界が暗転し映像が戻ると、ウェルはSatanの腹に血を吹き掛け崩れ落ちているところだった。でも、それでも剣を握る手は決して離さず、その切先を上に向け、Satanの上半身を劫火の柱に包む───




「あ······ああ! 見えない! ウェルの未来が見えなくなっちゃった······! グレイス見せてよ! なんで見せてくれないのぉおお!」

「ひ、姫? どうなされたのですか!?」

「マスター···マリア?」

 シノビが立ち止まり、暴れる私は地面に降ろされた。

 シノビ達から心配そうな目を向けられるが、木々の隙間から天に立ち昇る火柱を見付けると、もう他人の目なんて気にしては居られなかった。


「ウェルを見せてよグレイス! なんで意地悪するの! 『───ソフィア! 受け止めて! これは貴女が変えてしまった運命なのよ!』 ───嫌よ! 嫌だよ! 私はベアトリクスに引き継いだ後は、ウェルとルシアと一緒に孤児院を経営したかった! グレイスがそう見せてくれたじゃないの! 『───それはソフィアが変えてしまった······。ソフィアがウェルと話をしたから、ウェルは父親になってしまった! だから、例えエルフの子でも見捨てられなくなってしまったの!』 ───そんなの知らない! 分からないわよ! なんで教えてくれなかったのよ! 『───分かってよ! そんな事、教えなくても分かるでしょう!』」

 私はマグナオルド語とEnglishを混ぜて泣き叫ぶ。そんな私をシノビ達はどう扱って良いか分からず、ただ唖然と立ち尽くしている。


「───姫! 炎が!」

 シノビに言われずともずっと見ていた。

「あ、ああ······ウェル······ウェル───」

 ウェルの炎は細り、瞬く間に消えていった。

次回最終回です

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