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ソフィアの落日

宜しくお願い致します

 私は夢を見る。それは悪夢だ。今日も夢を見た。いつもと同じ酷い夢を───


『ソフィア、お前は我がデネブラウ家の財産を盗み取り、私と婚約している身でありながら他の男と不貞を働き私を侮辱した!』

『私はそんな事はしておりません! 私はデネブラウ家の財産は盗ってはおりません! 不貞なんて以ての外です!───』


 この屋敷には獣の様な獣人種、腕の代わりに翼が有る鳥人種、角か尻尾か飾りだけの羽が有る魔人種、特に特徴の無い人間種が大勢集まっている。

 その中に自分達のものとは趣きの違う服を身に着けた自分と同じくらいの歳の見た目の少女が居て、その少女は一人の少女の背後に立って指を差し、“コイツが犯人だ”と私の心へ訴える。


 婚約者の鳥人種の男に必死に無実を主張する私だが、当然そんな言葉は届く事は無く。私は地下牢へ入れられ、嬲られ、弱った頃に崖から捨てられる───そんな酷く悲しい悪夢だ。

 私はまだ幼い頃からこの夢を見ていた。その頃は夢の内容など到底理解出来ず、只々寝るのが怖かった。でも怖くはあったけれど、あの少女の事はもっと知りたいと思った。


 私は夢の中のあのお洒落な服の少女はエルフ族ではないかと思ったけど、エルフ族は金髪碧眼で耳が尖っているとお父様が言っていた。彼女は金髪だけど青目で耳は丸い。なんとも不思議な子だった。

 私にしか見えていないらしいその彼女は、私の思いに応える様に危険予知や捜し物、天気予報等の助言をしてくれて、気付けば自然と信頼できる友人になっていた。



◆◇◆◇◆◇

 ギラギラ照り輝く太陽の下で鬱陶しい虫達の音が響く中、私は今お屋敷の自室で侍女のヘレナに泣き付いているところだ。

「お父様は何処? 居ないの!?」

「ソフィアお嬢様、御主人様と奥様はテネヴァー領主のデネブラウ家へ御挨拶に伺っております」

「もういや! 私16よ! 弟達の相手をするのは御免よ!」

「歳が離れていらっしゃいますからね。まだまだやんちゃ盛りですから、お姉ちゃんは大変ですね」

 私の生家インテューム家は、マグナオルド王国の地方領テネヴァーの農地の大地主の一つだ。両親は今そこの領主で私の嫁ぎ先のデネブラウ家に行っている様で、女の子に怪我をさせる悪童を叱って貰うことが出来無い様だ。


「お嬢様、お尻尾が乱れていますよ」

 侍女のヘレナは私の怪我(ちょっと棒が当たったくらい)の治療を終えると、私の薄い淡黄色の髪と同じ色の被毛の自慢のモフモフの尻尾に櫛を入れた。しかしこの尻尾は可愛くはあるが寝るのには邪魔だ。

 私は“獣尾の魔人種”と呼ばれる種類の人で、ヘレナと三人姉弟の弟二人は身体的な特徴の無い人間種だ。人口の比率的に人間種が半分くらいを占めるから基本は人間種で、他が親の種を無視してチラホラと生まれてくる。


 私は尻尾がキレイに手入れされたところで窓から身を乗り出して、悪童がチャンバラを続けて居る庭から小作農達が働く家の農地を通り抜け、広大な森と人を囲う檻の様な山を見上げ、青の中に一際輝く太陽を見た。

「───はぁぁ、明日も暑いわね」



◇◇◇◇

 私は信頼できる友人からの予知を親に伝える事で、作物の収穫高の向上に多大な貢献をしてきた。その事が領主の耳に届くと、瞬く間に領主家の嫡男アントニオ·デネブラウとの縁談が成立した。それは、私が12歳の頃だった。

 それから、あの酷い夢を見る機会が増え、信頼できる友人が“犯人”と断じる女にも出会った。


 それは私が14歳の頃、領主が領の地主を集めて開いた豊穣祭の場でアントニオに執拗にアプローチをするのは、癖のついた薄い灰色の髪で、背中に被膜翼(コウモリの様な翼)を持った女マルティナ·ウェ厶ペンス。

 インテューム家が収穫高を伸ばして1位になるまでは、ウェムペンス家がデネヴァー領の収穫高1位の地主で、彼女が領主の嫡男の妻になるのは盤石なものだと思われていた様だ。


「ウェムペンスはインテュームより広大な農地を保有しておりますわ。いいえ、インテュームと言わず、何処よりも広い農地で多くの作物を作れますわ」

 豊穣祭の場で彼女は、“ウェムペンス()の方が有用だ”と、もう私と婚約が決まっているのに、彼の手を包み熱く主張した。


インテューム(彼女)ウェムペンス()より半分の土地で、質も量も最高の物を納めている。有用だと言うのであればインテュームを抜いて見せて貰おう」

 そう言うと彼は彼女の手を払い、大きな翼で私の肩を抱いた。この温もりと守られている感が最高に良い。


「ひっ、卑怯者! どんな汚い手を使ったのよ!」

 その時彼女は周りの目も気にせず、私へ強い言葉をぶつけて来た。

「ただ、立てた予想が当たっているだけです」

 私はそれだけ言うと、アントニオの腰に手を回して“私の物だ”と見せ付ける様に抱き着いた。

 彼女がアントニオの隣を欲しがるように、私も手に入れた地位と名誉と財産を手放す気は更々無かった。



 それから私が16になる頃には、デネブラウ家から多くの贈り物が届いていた。家も立派な物に建て替わり、家具、家畜も良い物が増え、私も贅沢な衣を纏うようになっていた。只、魔物という生き物の剥製や、エルフの金髪を使った飾りは気味が悪いので送らないで欲しい。


 そんな順風満帆な時にも、信頼出来る友人はあの酷い夢を未だに見せてくる。私は彼女の事を信頼しながらも、煩わしく感じる様になっていた。


「貴女は誰? 私に何をさせたいの? 今私は幸せよ。そんな事起こる筈がないじゃない」

 

 この日から彼女は予知夢の内容を時々変える様なった。

 大勢の人間種の人々で賑わう市場、キレイで大きな丈夫そうな家々、それは私の知らない町だった。

 そこを慣れた足取りで歩く彼女は路地裏の暗がりに入ると、机と椅子を用意して二人の男と何をするでもなく何かを待っていた。


 彼女は青の瞳でぼけ~と燭台の蝋燭の揺れる炎を眺めている。私も一緒にその炎を見ていると、一人の人間種の女が対面の椅子に座った。

『今お付き合いをしている彼と結婚をすることは出来るのか?』

 女はそう聞いてきた。彼女は燭台を自分と女の間に移動させ、私は一緒に炎越しに女の顔を見た。


 私は知っている。この炎は演出の一つで必要なんて無いと。これが無くても私の目にも“目の前の女が結婚して、夫の暴力に悩む姿”が見えていた。

『結婚出来ますよ』

 彼女は無責任な事を伝えた「はい」か「いいえ」かで言ったら「はい」だが、これで良いのだろうか?


 しかし、女は満足の行く答えを聞けた様で、代金をお付きの男に支払うと満面の笑みで帰って行った。どうやらこれで良いらしい。


 あれから彼女は、あの酷い夢と一緒に“私の言っていることは正しい”とばかりに占いの仕事をしている姿を見せる様になった。

 しかし彼女からの警告は私の心に届く事は無く、私は農園の管理は欠かすことは無いが、領主の嫡男の婚約者という待遇を謳歌し、次第に彼女の声も都合の良い事しか聞こえなくなっていた。

◆◆◆◆



 私はデネブラウの家から帰って来た両親に昼間の悪童の事を伝えようとしたが、そんな事はどうでも良くなる土産話を聞いた。

 私はアントニオに呼び出され様だ。私は“とうとう一緒になる時が来たのか”と希望に胸を膨らませ、予定の日に家族と共に領主の屋敷へ向かった。


 そこで待っていたのは、あの夢と同じ光景だった。この為に呼び集められた大勢の有力者達の輪の中で、私は今惨めに跪き、身に覚えのない罪で罵られている───あの酷い夢と同じ光景だった。

 切実に無実を訴える私に、デネブラウ家から突き付けられる身に覚えのない物証の数々。遂には「ソフィアと夜を共にした」と証言する男も現れ、私は声を上げる度に更に立場を悪くしていく。


 そして、追い詰められた私は致命の一言を言い放ってしまった。

「マルティナです! これは全部マルティナが仕組んだ事です!」

「そんな···酷い······あんまりです······私はその様な事はしておりませんっ! ああっ、うぅぅ! うああ────」

 泣き崩れたマルティナの姿を見せつけられ、多くの者が彼女を憐れみ、私は一身に罵倒と侮辱の言葉を浴びせられる事になった。


「ああっ! 私じゃない······私じゃない······許して下さい······許して下さい!」

 居た堪れなくなった私は、有りもしない罪に許しを請うてしまった。

「許しを請うたぞ! 罪を認めたぞ!」

 狙ったかの様に何処ぞの誰かが煽り立てると、私の有りもしない悪事は私の家族を除いた賛成多数で決定した。


「助けて······助けて······」

 私は助けを求めた。元婚約者のアントニオではない。自分を陥れたマルティナでもない。立場上何も言えず唇を噛み締める父でもなく、ずっと警告をしてくれていた信頼できる友人に助けを求めた。


牢──────を───時


「ソフィア。お前はその薄汚い身体で、奴隷共の慰安を通して罪を償うが良い」

 領主から私に吐き気を催す私刑が言い渡されると、泣き崩れた私と私の家族の声など掻き消し、傍聴人達は最高潮の盛り上がりを見せた。


牢──の───を─ける時


 私はデネブラウ家の私兵二人に両腕を抱えられ、半ば引き摺られながら屋敷の玄関扉まで連れて行かれた。


牢─棟の───を開ける時


 屋敷を出た左手側に牢獄棟はある。私の足は一歩も動かずとも、ズルズルと牢獄棟の扉に近付いて行く。


牢獄棟の扉──を開ける時


 扉の前に着くと、私兵の一人が鎖で繋がれた鍵束を取り出し牢獄棟の扉の鍵穴に合わせ始めた。もう一人の私兵は足に力の入らない女を支えるのを面倒臭がり、へたり込む私の袖だけ掴んで立っていた。


『牢獄棟の扉の鍵を開ける時、私は掴んだ砂を男の顔へ投げ付け走り出す。鍵を開ける男は自ら鎖で繋がれる』


 私の耳に信頼出来る友人の声が届き、私の目はその光景を映し出した。

 私は地についている右手を握り、私兵に掴まれた左腕に力を込める。私が少し動いた事で、私の服の袖を掴む私兵は気怠そうに私の方を見た。

「───っぐああ! クソ! このクソ女ァ!」


 私は握った砂を男の顔に投げ付け走った。

「待て! っうおお? 鍵が───ッ! 抜けないぃいい!?」

 砂で目潰をした男と、鍵穴に鍵を突っ込んだ状態で走り出し、鍵がひしゃげて抜けなくなって扉に繋がれた男を置きざりにして、私は森の奥を目指して走った。

 出遅れた追手が向かって来るが、逃げ切れる。私にはそう確信があった。



 私は見る。信頼できる友人が見せる分岐する未来を。

 私は走る。その分岐の中の希望の道に向かって。


「No kidding······死ぬでしょ?」


 私達は見る。分岐する未来を───

 私達は覗く。崖の下を流れる川を───


 私達は飛んだ。

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