宴会に来た闖入者藤原純友
「おやおや、皆様おそろいで」
そんな宴会が夜へ更けていく頃。
国司の迎賓館の大広間となっている部屋に、男がふらりと現れた。
中心には大きな体躯をした屈強な武士、周りにも大勢、屈強な兵士たちがいる。整えられた銅鎧は、どう見ても役人だ。
「これはこれは、いらっしゃいませ」
新しい主人となった新国司が自ら立って出迎えた。
「こちら、旅立つ友人との別れを惜しんでいる最中で、官吏に踏み込まれるような会でもありませんし、しんみりと惜別を惜しんでいるだけですが、あなた様らはいったい何ゆえにここに来られたのでしょうか?」
「我らはここで、紀殿の大きな宴会があると聞いた。知っているだろうが、伊予国では海賊退治に、武士を遣わして、瀬戸内海の海賊を討伐しているところだ。私はその任を承った藤原純友という者です。これらは我が配下。先ごろ、この界隈をにぎわす海賊討伐に乗り出し、この周辺を討って回ったばかり。海賊はあらかた退治して、帰路につくところだったが、紀殿の宴会と聞いては我らも放置しておけず、やってきました」
「ああ、藤原純友殿か。私の知り合いだ」
「ああ、紀貫之殿。今日でお別れですか、国司の任が解かれたのですな」
海賊は伊予だけでなく、この土佐の海岸や阿波の国の海岸を隠れ家にしており、そのために純友も出回っていたと言う。
瀬戸内海に度重なる海賊の被害があり、帝は官軍を出して瀬戸内海の海賊たちを討伐していた。上国の伊予国はその地域に出没する海賊を討伐する任を負っていた。
伊予国の海賊討伐の官軍と言えば、隣国の土佐では何かと世話になっている連中。当然、土佐守だった紀貫之様は顔見知りであってたとしてもおかしくない。
しかしぶしつけに宴会に来たものだ。
「ああ、そうでしたか。なら、酒の席を設けましょう。こちらへ」
「なに、ここで構いません」
突然の闖入に新国司は当たり障りなく対応しようとしたが、藤原純友は迷惑がられるのもどこ吹く風。どっかりと酒席の真ん中に座り、紀貫之様がお酌していた友人の盃をぶんどり、ごくごくと飲んだ。
「今日で任期切れですか。京にお帰りとは、さぞや嬉しいでしょう」
酒をぐびとからげた後、鋭い目を紀貫之様に向ける。
「いや、私は土佐の風や海がとても好きでした。帰るのは名残惜しいです」
「いやあ、私も気を使う都より、この南海の海が性に合っております」
「海賊討伐されているとか、海賊は多いので、大変助かります」
私たちは知らなかったが、藤原純友はこの四年後、承平・天慶の乱で、平将門と同時期に瀬戸内海で謀反を起こす。
最初は伊予の国で伊予の役人をし、海賊討伐をしていたまでは良いものの、そのまま海賊の統領となってしまったのだ。時を同じくして、関東で兵をあげた平将門とは密約があったと言われている。
この時はお上から海賊追捕宣旨をもらい海賊たちの領地や隠れ家を手に入れながら、海賊の手下を増やし、どんどん根城を増やしていた時だった。
(怖い・・・何かしら、この人。とても普通じゃない)
誰もその当時、気づいてなかったが、その横暴野心を秘かに秘めた純友は、目つきは鋭く、凄まじい気配を漂わせていた。
何の因縁か、藤原純友の討伐には、紀貫之様の親族の紀淑人も関わる。
その見えない因縁のせいだろうか。私は紀貫之様を見る純友の目には、ただならぬものを感じた。
しかし、政変や対立、戦いなどとは紀貫之様は無縁の人だ。
もしも戦いがあったとしても、戦いに行くような人ではない。
だが、すでに対立の関係が、二人に生まれてた頃だったと言えよう。
「して、古今和歌集なるものは、都まで運ばれるのはもうご用意できたでありましょうな」
「ああ、あれはずっと前のものですから、写本になりますが、もうすでに終わってます。もう国司の家は出た身ですから」
「それはもう船に積んであるのですね?」
「ええ、全部、もう荷づくりに入れました」
「新作はございませんのかな?」
「というと?」
「古今和歌集の編纂からもうかれこれ二十年、その後、時の帝より、新しい編纂を命じられたと聞きますが、それはもう完成したのですか?」
「それはもう、荷造りをしてしまい、荷物に入れてあります。それに、最初は帝に見せるつもりでしたので・・・」
「ああ、それはたいそうなものですな。いやあ、私ごときが見るものではありませんな。それも船に積んであるのですか?」
「え・・・?」
「陸で運ばず?」
「はい」
(な、なんだろう。紀貫之様の写本や編集本ばっかり質問して・・・)
浮世離れした紀貫之様でも、その男の威圧感には何か得体のしれないものを感じ取っていた。
対する藤原純友らの兵士らは目をぎろぎろとして、にやにやとしていて、気味が悪い。
「私はこのままここに居座ろうと思っているのですよ。最後に、今日はゆるりと和歌の講義などをしていただきとうございます」
「ははは、私のような亜流からは何も学ぶものはございませぬよ。私などより、古の玄人、柿本人麻呂、大伴家持などの和歌を学ぶほうがいいですよ」
「船旅で行かれるとか。海賊があたりにはまだ多いので、気を付けてくださいね」
「は・・・はい。それはもう」
「で、どのような船を手配されましたか」
「いやあ、それは船頭に任せていますので」
「ほう、では国司の船ですな、して、船は点検されていますかな。荷を後ろに積み込み過ぎると傾きますので、後ろですか、前ですか、それとも別船で?」
「は、はあ」
紀貫之様は誰に対しても大らかなので、変な質問ばかりする純友でも恐縮している。
(船の話ばかり気にして、妙ね)
世の中には盗賊の類、海には海賊の類が出ると言うが、私はその藤原純友が海賊に見えて仕方なかった。
純友の陽気さとは反対に、空気がそらぞらしく冷たさを放っていた。
純友の四年後の変化。そんなこととは露知らず、私らは珍客を迎えてその夜を過ごしたのだった。