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二十五日(2)

 大津の港から、また元の棲家である国府へ戻った。いわゆるユーターンというやつだ。


 都出でて君に会わむと来しものを 来しかいもなく別れぬるかな


 都からせっかく来たので、紀貫之様に会いたい。会わずして去られたら悲しい。そういう新国司の人柄がにじむ素直な気持ちを聞かせられたら、初対面と言えども、冷たく振舞うこともできない。私らもすぐに機嫌良く、客人を迎える元、私らが住んでいた大広間の家屋に進んで行ったのだった。

 新国司は兄弟や親族、家来たちを集めて、大歓迎をしてくれた。


 白妙の波路を遠く行き交いて 我に似べきは誰ならなくに


 国司の任務を終えてはるばる来ました、次はあなたも確実に任期を終えるでしょう。

 紀貫之様も心のこもった和歌を返され、挨拶や祝意をご丁寧に対応されて、急な呼び止めにも関わらず、新国司や一族の皆様に心温かく接せられた。

 御愛嬌のある新任の国司様で、館に招かれると盛大な宴会の用意があった。

「なんとも味なことですねえ。紀貫之様と言いますと有名で、本当に会えるのを楽しみにしていましたけど、このような、珍しい漢詩も拝聴出来まして嬉しいです。家人らは修練のたった者が多いですね。ふうむ、とても興味深いです」

 その日は音楽の催しもあり、琴や琵琶などの楽が鳴り響いた。

 その次の日もまた同じような宴会があった。

(やれやれ、こう立て続けに宴会が続くとは思わなかった)

 宴会ばかりだ。こう毎日あると、やってられない。

「はあ、こうも宴会が続くと、いつ終わるのか、わけが分からなくなっちゃったわね。早く終わらないかしら、いつになったら出航するんだろ」

 御馳走の山を前にしてもったいないけれど、早く都に帰りたい私はついそうこぼしてしまった。

「あしひきの、いやここは、ひさかたの、か」

 隣で、紀貫之様の息子時文様が、短冊を片手に筆を持って唸っている。



「ちょっと時文様、何をしているの?」

「う、うるさい、ちょっと黙ってろ。今思いつきそうなんだ」

 和歌や漢詩が飛び交う中で、皆が、その才の披露を求められ、小さな女の童ですら和歌を詠んだ。紀貫之様の息子であらっしゃるけれど、時文様はすらすらと和歌をお作りにはなられない。

「時文様、時文様は無理せず眺めていたら?」

「お、あ、うん」

 いつもなら私をからかったりするのに、素直に大人しくなっている。

「時文、無理せずともいいぞ。お酒の匂いで、お前も気分が悪いだろう。少し楽にしていなさい」

「は、はい」

 紀貫之様は子供にも優しい父親だ。時文様もこれ幸いにと従った。が、がっかりと肩を落とされた。

「俺は駄目だな、やっぱり」

「そんなことないです、時文様は書は上手い。それから、えーと」

「無理にひねり出さないでいいぞ」

「あ、そうだ。頭はしっかりされてますよ。米俵の計算とか上手でないですか。将来は良い官吏になれますよ」

「計算は出来てもな、和歌がな、内裏では和歌が出来ないと出世できないんだからな」

「和歌以外は、案外何でも出来るのに、ですね」

「なんだよ、お前。お前も俺は才能ないって思ってるんだな」

「そんなことないですって」

「あ、思ってるな、お前。だが、それは本当。俺は和歌、苦手なんだよなあ。父上はうまいのに、悔しいなあ・・・」

「誰かと見比べて、自分が見劣りするなんて思わなくていいのじゃないですか?自分の歌さえ詠めばいいのだから」

 気にしやすい時文様のために、私は何気なく言っておいた。

「お前、いっぱしの和歌の専門家みたいな口を聞くんだな」

「だっていつも評価されるのばっかり気にしているから、時文様は言葉が出て来ないのですよ」

「うっ・・・」

 毎日からかわれているお返しに、言いたいことを言ってやったつもりだけど、時文様は余計に黙ってしまった。

(威勢がいいくせに、和歌は弱いのだから)

 偉大な父を持っているくせに、本当に息子かしら?

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