紀貫之家の面々、奥様、息子、家人たち(3)
出発する日、侍女や下男が朝早くから駆け回った。
私ら、おつきの娘たち、下男たちは、京の都から大変な目をして土佐に移動したけれど、最初は少しの荷物で来たものが、長の年月を経て買ったり作ったりして、山のようになっていた。
家具、衣服、食器、台所用品、溜め込んだ食料。
家を空にするため、持って行く物は荷物にして、食料は残る家人のために残しておいて、不要なものは周辺に配って、売れるものは売りに出すことにした。
ホコリのたまった各部屋は、雑巾がけ、整理整頓。数十人の家人で、一斉にそれをやった。五年も過ごすと、ホコリも荷物も相当なものだ。
「おい、お前。これ、持って行けよ」
「あ、何よ」
紀貫之様の息子時文様は、私と同い年なのだけれど、いたずらっ子の悪ガキだ。手にしたカエルを私にぶらぶら、私に見せつける。
「引っ越しの用意だろ、このカエルも荷物に入れておけ」
「そんなことできるわけないでしょ」
「お前も可愛いと言っていたカエルなのだぞ」
「忙しい時に、時文様は余計なことをしないで」
「はっは」
「まったくもう」
時文様は紀貫之様のご長男だが、性格も才能も尊敬できない。和歌と漢詩の力で尊敬された歌人貫之様とは大違いだ。
「さあ、明日には出発ですよ。出発前には見送りの送迎があるから、皆、ごちそうが食べられるかも。餞別もたっぷりね。張り切って用意しましょう」
奥様は家来たちの仕事ぶりをご満悦で眺め、ぽんと手を叩く。
「よく働くわ、お前たち。そうだ。出発祝いにもらった柚があるのよ。あとで皆、お食べなさい。それから今日は家具などを運んでくれたから、皆に、ご褒美をあとで取らせるわね」
「はーい」
「おお、そりゃいい」
「ありがとうございます」
京に帰れるとあって、下男や侍女たちも喜んでいた。
屋敷の者はほぼ、京の生まれ。
土佐は初めての赴任地で、山深く慣れないことも多かったけれど、気候は温暖、魚や野菜の海の幸、山の幸も豊富でのんびりと過ごすことができた。
でも、馴染んだ都のほうが良くて、皆、ふるさとに帰れるのを楽しみにしていた。
私がここへ来た時は十歳ぐらいだったけど、京の活気や東山の清水寺の賑わいなど、やはり懐かしく思ってしまう。
(久しぶりに、京へ。早く帰りたい)
私も昔の京の思い出に促される日々を送り、故郷の都に出発する日を心待ちに迎えたのだった。