紀貫之家の面々、奥様、息子、家人たち(2)
「さあ、とっとと荷物を入れて。ああ、ようやく、京に帰れるのね」
紀貫之様の奥様である綾子さまはそれはもう大そうなお喜び。
「お前、そんなにはしゃぐと疲れてしまうぞ、長旅になるかもしれないのに」
母屋の蔀を全部上げた室内から、紀貫之様が声をかけた。
「あら、旦那様が疲れるから、ではなくて?私みたいに若くないから」
「それは、その、お前、それは年齢はだな、いくら言っても詰まらないものだからして」
「ああ、これこれ、橙乃や、下衣を何枚も持って行ってもかさばるから、古いのはもう処分して、あ、それから、この唐櫃はもう無用だから、外に出しておいて」
「あ、は、はい」
奥様が雑草をつみあげたテミを持って走って行こうとした私に声をかけた。
和歌の名人で、漢文の学者でもある紀貫之様は、若い奥様には弱い。
奥様は紀貫之様と30も年が違う若い方で、髪は黒くてつやつやし、きとんとお化粧もしている。
私ら紀家の家人は、この二人が結婚したのは不思議なことだ。
(でも、夫婦には夫婦でしか分からないことがあると言うし、家人がどうこういう問題ではないわね。年齢の合わなさは、紀貫之様も何かと気を使っているし)
「これ、綾子や。橙乃は家の庭木の刈り込みを手伝っているだろ。忙しいから、他に頼みなさい」
「え、でも、あなた。あなたの下衣、あの子でないと・・・・」
「詰め込むよ。私の手荷物に入れるから、いいから、こちらへ渡しなさい」
「旦那様、ありがとうございます」
「何、忙しいのだ。怪我の無いようにね」
浮世離れした人だけど、下々には優しく、家でいてもぜんぜん怒られないから、私は紀貫之様が好きだ。
もうよぼよぼだけど、頭はしっかり精神もしっかりしていて、その人柄は多くの人に慕われ、友人がひっきりなしに来る。
ちょっと変な人だけど、私ら家人には優しくて頼り甲斐があるご主人様だった。