表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

二十三日

 二十三日。日和佐に着く。

 もんもんとしながら私らは、何とかそれでも次の目的地まで進んだ。

 私は胸に隠した和歌集が、奥様は船旅が、紀貫之様ははやく都に帰ることが、家人らは旅がどうなるのか、帰りがいつになるのか、それぞれの思いが交錯し、混乱したまま船は海風に乗って進み、とうとう阿波の国の半ばまでは、着いたのだった。

「あの、橙乃」

「何ですか?」

「いや、何でもない」

 こんな時に何だけど、時文様は私に何かを言いかけようとしている。


人知れぬ 思ひのみこそ わびしけれ 我が嘆きをば 我のみぞ聞く


(また旦那様、私のことを)

 人知れぬ思いを時文様が私に持っている。それを今、時文様は言おうとしたのだろうか。

(いったい、何を?)

 死ぬ前に言い残したいことは、いろいろあるだろう。隠したお菓子のこととか、へそくりとか。時文様にもあるかもしれない。

(違う。紀貫之様がだてや酔狂で、恋の歌など詠むわけないもの)

 つまりは時文様は私のことを好きだろうかと状況から判断とか、分析するとか、というのは、私だけが考えていることで、本当は紀貫之様も時文様も隠しようがなく、隠しているわけでもなく・・・つまり、時文様は私のことを好きだ、というわけだ。

 長年の幼馴染の勘で。そう思うと、頬が熱くなった。

 だが、今は到底そのような余裕はない。海賊襲来のために、必死で警戒しなければならなくて、船の漕ぎ手も家人も皆が、周りを警戒していた。

 時文様ももうそれっきり、違う方向を見ていた。

 南街道を抜ける最後の大きな関門まで辿り着いたわけだが、荒波と地形から、ここが一番海賊が横行している場所だと言う。

「このあたりは海賊が出る、昨日も出たらしい」

 船乗りたちも口々に、海賊のことを言い出した。

 私はあの怖ろしい目つきをした男たちの集団をまた思い出した。

「海賊が追いかけて来ているとの情報もある」

 そんな話も紀貫之様が言った。

(海賊が本当に出るかもしれない)

 今まで気配だけ、勘違いかと思っていたものが急に近くに感じるようになった。

「婆様あ、海賊が出たらどうしたらいいですか」

「この婆に任せておけ。婆が退治してくれよう」

「婆様に海賊なんて、退治できるわけないじゃないですかあ」

 家人らはそれは不安がった。

「南無阿弥陀仏」

 奥様は言うまでもない。ひたすら念仏を口にしている。

「海賊に襲われずに船旅が続けられるよう、私らも神に祈りを捧げよう」

 紀貫之様も近くの神社で祈祷すると言い出す。

(これは本当に、海賊が出るのだわ)

 冷静な紀貫之様までもが祈りを捧げるとは。

 二十四日は晴れというのに、神社がある海岸に止まって、ひたすら読経で日が暮れた。いよいよ、差し迫って来た感じだ。

(本当に、海賊が出たらどうしよう)

 すぐそこらへんに海賊がいるのが、疑う余地がなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ