二十日
二十日。
そんなことがあって、二十日を過ぎた月が上がった時、私ら家人はほとほと疲れていた。
「昔、唐に渡ったとても賢い阿倍仲麻呂という人がいたが、その人も唐土に渡って、帰る時に馬のはなむけをしてくれたり、帰りを惜しむ人との別れを何日もしたと言う」
紀貫之様も思いは、遠い異国の地へ飛んでいた。
「その時もこのように二十日を過ぎた月が出ていただろう。あの月は当時の仲麻呂を見た月だったかな」
遣唐使になって、唐の国へ渡った後、帰って来れなくて現地で没した。一度で難しい漢詩を全部覚えてしまったぐらい、天才だったとか。
「仲麻呂は、月を見て、唐の国の人に言ったそうだ。私たちの国でも、神代の時代から歌を詠み、今では上中下にいるどの民でも、別れを惜しむとき、喜ぶ時、悲しい時は、歌を詠むと。そうしたら、ぜひ聞かせてくれと」
「唐の人が和歌を?」
「ああ。あちらの国人も、私らが作った和歌を漢詩に直して伝えると、私達が作ったもののように、理解してくれたらしい。私たちなどと感覚が違うと思われたが、唐の人は違う国とはいえ月の美しさは同じように照らすから、人の心も同じなのかもしれないね」
別の国の人も、月を綺麗だと思う。それが不思議だ。
その時に旦那様は、またぼそりと和歌を口ずさまれた。
青海原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
月も都も遠くて、胸に沁みる夜だった。