紀貫之家の面々、奥様、息子、家人たち
百千鳥木伝ひ散らす 桜花 いずれの春か 来つつ見ざらむ
などを何気に紀貫之様は口ずさむ。
「ううーん、いつ作ったかなあ」
二十年ほど前に古今和歌集を編纂した紀貫之様も御年六十四歳。今ではすっかり老人だ。
漢詩や漢文にも通じていて、柿本人麻呂や山部赤人などの昔の歌人の和歌も熱心に研究されている。
和歌のことしか考えてない人で、ちょっと浮世離れした人だ。
若いうちから相当実力があったので、奥様は十人は持っていた。
だが今はいない。というのは、貴族の姫様は長生きする人はいないからだ。皆、紀貫之様が白髪の老人になる前に死んでいなくなった。
「ちょっと、引っ越の荷物、早くして」
今いるのは、若い奥様。
私も最初、聞いた時は、奥様が十人?なんてびっくりしたけど、死んだのだし、いないなら、妻を持っても悪いことでもない。
モテたんだろう。昔の、紀貫之様は。
今ではすっかり白髪の老人で、年の若い奥様に尻に敷かれている。
私は和歌の達人となった紀貫之様が、まだ若い官吏で、内裏に勤めていた頃のこと、女人との色恋にかまけていたプレイボーイの頃のことなど、非常に興味がある。
(ああ、でも今はもう、すっかりお爺さん。想像するしかないわ)
都人は三十になる前に死ぬなどざら。それが今のご年齢だ。
六〇まで恋愛だの内裏勤めだのすべてを経験して、旦那様は土佐に来た。
それからは土佐という国の田畑を管理したり、税収を国に送ったりののんびりした仕事だ。
土佐守になって、土佐の国司の館で、簀子縁から庭を見ながら、短冊に和歌を書きつける姿が、今の紀貫之様。
私は生来、紀家にお世話になっている家の娘だ。名前は橙乃。
紀貫之様の邸宅で母が私を生んで、紀貫之様が名付けてくれた。




