十七日
翌日、十七日。快晴の空だ。
海神様を呪うなどと言い出した奥様の手前、私ら家人一同は胸をほっと撫で下ろしたのだった。
「よーし、出発だ」
しかし、なんと船は引き返す。
、船頭たちは久しぶりの海だとて、勢いよく漕ぎ出したのだが、だんだんと空は黒っぽい雲が垂れこめ、風が吹いて来た。
「こりゃあ、駄目だ。引き返さないと」
矢五郎爺が、紀貫之様に言った。
「矢五郎爺、次まで行けないのか?せめて、少しは進みたいのだが」
後ろの奥様を気にして、紀貫之様は必死で説得を試みたけど、矢五郎爺は首を振った。
「いやあ、旦那様、ここらは人の町がないところです。途中で止まっても、船を着けるところもなけりゃ、民家もない。海で漂泊したら危ないし、陸地も岩だらけで休む場所もないです」
「引き返す?ですって」
これにはまた奥様が切れた。
「誰が引き返すのよ。もう嫌よ、戻りたくない」
「お、奥様、落ち着いて」
「こうなったら、私が海神の怒りを沈めてやるわ」
「お、奥様、いったい何をする気ですか」
「私も念仏を唱える。矢五郎爺よ、私と共に祈っておくれ」
奥様は婆様の二番手と化したかのように、念仏を唱えられた。だがぽつぽつと、雨が降ってくる。
奥様はこれでさらに怒りを高めた。
「こうなれば、私が海神様と直接会って、話をつけさせてもらうわ」
「奥様の腹立たしい怒りは分かりますけど、落ち着いて」
「一番明るくて陽気な奥様だったのに」
家人らも不満を漏らす。
「南無」
奥様は海に向かって、さらに食らいつかんばかりになった。
「話をつけるって、どうやって、海神様に会うのですか」
家人は牛をなだめるように押さえた。
「それは、このまま海に飛び込むのよ」
きっぱりと奥様は海を見て言った。
「ええっ」
「お、奥様、いったん冷静になって、ね?」
「おお、波よ。私を飲み込むのに来ないなら、こちらから行くわ」
「お、奥様っお止めくださいませ」
私らは完全にいっちゃって、海に向かって挑んでいく奥様を止めなければならなかった。
「止めないで、直接、話をつけて来るから」
「奥様、お止めください。そこは陸ではありませんよ」
今から飛び込む。いや行けませんという引き合いになった。
そんな奥様のどたばた騒動があったが、なんとか押さえつけ、奥様は思いとどまった。
それで、その日は引き返し、津呂というところに泊まることになった。
それからもなんとまだ三日間も荒天で足止めだ。
奥様の不穏な機嫌がいつまた爆発するのでないかと、私や家人は心臓がばくばく寸前だった。