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十三日~十六日


 月の十日を過ぎた頃で、満月に近づく月が美しい。

 船は雨が降らないので順調に進んで、奈良市津ならしづというところから、室津というところまで辿り着いた。

 背後の船が遅れており、到着するまで待った。

 十三日も無事に航行できた。途中に清水の湧く綺麗な泉を見かけたので、途中に立ち寄って沐浴をした。

 それから船は荒天で進まなかった。

 十四日、十五日、十六日とまた雨や風が出たのだ。

 十五日は正月の小豆粥を食べる日だったが、用意もしてないので食べられなかった。

 御崎(室戸岬辺り)というところを越えるのはいつになるのかと、皆不安になった。

 船に乗った日から二十五日が経つけど、まだ工程の半分も過ぎてない。

「旦那様、ちょっと相談があるのじゃが、あれを持ち出しされたかの?」

 隣ではひそひそと婆様が紀貫之様に話す声がする。

「婆様はさすがだなあ、旦那様まで信頼している」

「昔は婆様も若い時があって、美しかったそうだ」

「ね、婆様、旦那様の愛人だったの?」

「はは、何を言っておる。まあ、そんなもの、知らんね。もう昔のことじゃよ」

 婆様も家人と気楽な話をしてやろうとする。退屈な船旅だ。家人の気晴らしになることをと思って言った。だが、 娘の悲しみに暮れている奥様には気を荒立てることにしかならなかったようだ。

「あなた、なにをぼそぼそやっているの」

 突然、立ち上がって言う。ぐらぐら揺れるのを押さえて、仁王立ちみたいになっている。

「あなたと婆様は何なの?」

「い、いや、お前、誤解だ」

「あなた、婆様のことを、まだ思っているの?」

 やれやれ。新たなる火種の勃発だ。

「わしと貫之様は何も関係がない」

 婆様も必死で言うが、奥様は聞いてない。正月も正月で過ごせない、船旅はまた遅れる。旦那様のかつての恋人が目の前にいる、で、すっかり落ち着きを失くしていた。

「婆様の年季が長いので、前からそういう噂はあった。本当だろうか」

 家人らはひそひそと話し合った。

「けれど、もう白髪の年寄り二人なので、見ても分からない」

「もう、年寄りなので、色恋もあるまい」

 今や単なる年寄り二人。

 以前から噂はあったが、今更そういうこともなかろうと結局、皆がそういう結論に落ち着いた。

 奥様もそれが分かっているし、それ以上は言わなかった。

「私が悪いんだわ。私が娘を死なせて、不幸を持ち込んだの」

 だが、また突然、今度は船旅に向かって怒り出した。やるせない思いをどこかにぶつけずにはいられないのだ。

「私のいつも悲しい心は刃物と同じ。私が刃物なの。私が海神様に呪われてるの」

 皆の不安が高まる中、奥様のヒステリーはいっそうひどくなった。

「奥様、そのようなことはございません。娘さんは奥様のことを見守っていてくれています。そうぞ落ち着かれてください」

「そうですよ。奥様のせいではありません」

 婆様や若い侍女たちが取りなしても、雨が振り続けていると、奥様の不安はますます増すばかり。

 夜も起きては泣いている。 

「このまま船が進まねば、私は亡き子のために出家をする」

「奥様、旦那様もお子様のせいではないと言われましたのに」

 夜中にこんなことを言われては、家人たちもやるせない。

「お前、いい加減におし。皆を不安がらせているだろう」

「そうは言っても旦那様、このように何度も海が荒れるのは誰かが何かをを持ち込んだか、何か呪われているからですわ」

 紀貫之様も我慢の限界を越し、奥様を叱りつけるも効果がなかった。

「お前、本当にいい加減にしなさい。あの子が私達を守っている。見守っていてくれるからこそ、今まで船旅を続けられたのだ」

「何よ、あなた。あなた本当は、婆様と付き合っていたの?」

「い、いや、お前。違うと言うに、皆が聞いておると言うのに」

 紀貫之様が諫めれば諫めるほど、奥様は怒った。紀貫之様ももう何にも言えなくなった。

「何が、呪っているよ。私が海神様を呪ってやる」

「海に飛び込んで、刃物を拾ってやる」

 とか、夜中、奥様が不穏なことを口走るから、私ら家人はまんじりとしない夜を過ごした。

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