八日、九日
八日。まだ船は出航出来なかった。
九日。
爺と婆のお祈りが届いたのだろうか。
からっと晴れて、青い空が見えた。
「さあ、次の港へ向かって漕ぎ出そう」
ようやく、船はまた沖へと出航した。
(ああ、やっと前へ進める)
大勢で船を漕ぎ、船は瞬く間に沖へと出、進みだした。
海岸線では、馬を飛ばした人が見送りに来ていて、手を振っている。
土佐を出る初日、見送りに来てくれた藤原時実だ。また来てくれた。ずっと追いかけて別れを惜しいんでいる。
(紀貫之様のご友人は、情けの厚い人だ)
友達にそこまで思われる紀貫之様も大した人だった。
橘末平、長谷部幸正というご友人もいた。
「ありがとう」
紀貫之様は本当に感動し、別れを惜しんでいた。
船が進むごとに、岸が遠くなり、彼らの姿も小さくなり、寂しさは募る。
「さようなら、皆さん、さようなら、ありがとう」
紀貫之様は何度も離れる岸に向かって、何度も声を放っていた。
とうとう消えていく姿を見ながら、和歌を詠んだ。
思いやる心は海を渡れども 文しなければ知らずやあるらむ
こうしてようやく土佐の港から離れ、室戸岬に近い宇多の松原を通り過ぎた。何年も経て荘厳な、背の高い松が見事に茂っていた。木の根元には波が寄せ、枝にツルがいた。
「素晴らしいね。見事な松原だ。この景色を見て、胸に思った者は歌を詠んでみてくれ、聞きたい」
紀貫之様がそう言うと、時文様が何を思ったのか、我先にと歌を作った。
見渡せば松の末ごとに住む鶴は 千代の仲間とぞ思ふべらなる
時文様にしてはよく出来て、なおかつすぐ出たのだけれど、紀貫之様はしきりに首を振った。
「駄目だなあ。このような美しい松の海岸線は和歌では詠えない。自然の美しさは何より素晴らしい。そこには言葉も、何も及ばない」
青い苔のように一体となって群がる松林は、白砂の海岸と対になって見事な美しさだった。
だから、せっかく時文様は渾身の力を込めて作ったけど、残念なことに、時文様は言い及ぶことが出来なかった。
「あの、時文様、気にしない、気にしないですよ」
またがっくり肩を落とされるだろうと思って、私は言ったが、すでに時文様は白浜を眺めて、放心していた。
「お、俺はやっぱり、駄目なのか・・・・?」
松原の言葉も及ばぬ景色を、誰が詠めようか。だから当然なのだけれど
時文様はまた自信をなくされたのだった。
こうして船は進んで、漕ぎ手が漕ぐたびに景色は変わっていった。
久しぶりに長い間船に揺られると、年寄りのジジババの中には体調を崩す者たちが出た。




