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二十八日~一月七日

 船は出発はしたけど歩みは遅く、その夜はまだ土佐を出ることなく、浦戸に泊まった。藤原時実、橘実平とそのほかの人々がまた見送りに来てくれて、簡単な送別会をした。

 二十八日は浦戸から出発し、大湊おおみなとへ着いた。

 途中、以前国司を勤めた山口知峰ちみねから酒、食料などの差し入れがあり、船で食べた。

(ああ、ようやく前進したわ)

 と思ったのだが、次の日は荒天で出航出来なかった。

 次の日も荒天。

 とうとう年が変わって、新年になってしまった。

「今日は正月だから、都では注連縄を飾っているだろうね」

「この時は山に入って柊を取るが、あれは痛いんだ」

 家人たちは正月の用意もできずに、都のことばかり口にしている。

 私達が来ているのを聞きつけて、地元の医師がお屠蘇をくれた。私らを気にかけてくれたようだ。

 その後もまた荒天がずっと続いた。

 気づけば、一週間もずっと船出が出来ないままだった。



 この間、紀貫之様の名を聞いて、多くの地元の人が宿泊地に来た。

 めいめい手土産や引き出物をくれたので、旅の一行や船の人らに分けたりし、陰鬱な家人らにしてはそれは気の紛れることだった。

 ずっと足止めを食っているわけで、紀貫之様も不機嫌だった。

「もう元旦七日だ。内裏では白馬会があるのに、まだたどりつかない」

「都の家もしめ縄飾るべきだろうけど、ここにいりゃあ無理だねえ」

 家人も正月に暗い部屋で集まっていることを気にしている。

 正月というのに、正月に食べる芋茎いもし荒布あらめもない。歯固めの膳もない。何も用意してなかった。

 ただ一つあるのは、現地でもらった押し鮎(鮎の塩漬け・歯固めの儀式の一つ)だけ。それしかないので、皆、それをしゃぶった。

「あーあ、こんな景気の悪い航海になるなんて思わなかった」

「不幸を呼ぶ運の悪い奴がいるんじゃないか?」

「穢れを誰か持ち込んだ奴がいるよ、きっと」

 都人だし、不吉は皆が嫌う。薄暗い宿泊所で、雨と風で外にも出れないし、気温は一年で最も低い時期だし、せっかくの正月なのに祝いも出来ない。皆が不機嫌だった。

「ここは、念仏じゃ、念仏を唱えるのじゃ」 

 こういうとき、一番の年長者である婆様が張り切り出して、皆を率先する。家人の神事や行事が専門だ。

「運気の悪い時、運の悪い時、運の悪い者。これはお祈りじゃ。念仏を唱えると良い」

「婆様、それで本当に旅が良くなりますか?」

「あったりまえじゃ。念仏を唱えなくて、何が良く変わる?こういう時こそ、念仏を唱え、神仏に祈るのじゃ」

 婆様もそうだったが、家人らも信心深く、すぐに同意した。簡単な用意をしてしまうと、事態を変えようと、婆様はあらん限りの力を込めて念仏を唱える。その後ろで、家人らも必死でついて唱えた。

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