第4話
「夢の中の私は、人間ではなく、真っ赤な金魚で……」
高梨さんが語り出したのは、不思議な夢の内容だった。
金魚の高梨さんは、仲間たちと一緒に、川で平和に泳ぐ毎日。
ところがある日、川岸から伸びてきた網に、サッと掬われてしまう。
しかも飼育のための捕獲ではなく、ただ「掬ってみた」というだけ。彼女を掬った悪ガキたちは、金魚の高梨さんを川に戻そうともせず、その場に放置して立ち去るのだった。
「ひどい話ですよねえ。あのままだったら私、死んでしまうところでしたが……」
幸いなことに、金魚の高梨さんは、通りかかった子供に救助される。
「その救世主は、青いシャツを着た男の子でした。黒いランドセルと黄色い学童帽子も、印象に残っています」
小学生の帽子としては、黄色は一般的だろう。私もそうだったし、ランドセルも黒だった。小さい頃の私は、青や水色を好んでいたので、あの日着ていたシャツも、確かに青色だったかもしれない。
「でも、助けてもらった時点で、かなり弱っていたみたい。せっかく川に戻れたのに、私はすぐに死んでしまうのです」
「それはそれは……。悲しい夢だね」
「ええ、そこで終わったら嫌な夢ですけど、まだ続きがあって……」
せめて亡くなる前に、助けてくれた男の子にお礼がしたかった。そんな金魚の願いが神様に届き、金魚の高梨さんは、人間に生まれ変わるチャンスを与えられる。
転生すれば前世のことは忘れてしまうのが常だけれど、あの男の子への感謝の気持ちだけは覚えておこう。いつか彼と出会って、全身全霊で彼に尽くそう。そのための人生だ。
「……そう決意して、人間の赤ん坊としてこの世に生まれ出たところで、いつも目が覚めるのです」
にわかには信じがたい話であり、理屈の上では「そんな馬鹿な」と笑い飛ばしたいくらいだが……。
なぜか素直に「こういう運命もアリだな」と思ってしまった。
この瞬間、おそらく私は、すっきりした表情を浮かべていたに違いない。
そして高梨さんもまた、憑き物が落ちたかのような雰囲気を漂わせていた。
「あまりにも何度も見る夢だから、夢というより、前世の記憶かもしれない。半信半疑ながら、そう思ってきましたけど……。ようやく今日、確信が持てるようになりました」
水槽で泳ぐ金魚たちを背景にして、彼女は満面の笑みを浮かべるのだった。
(「金魚の恩返し」完)