あのバカはいずこ
「今日はありがとうございました」
食事を楽しく過ごした後、カミラは俺たちに向けてお辞儀をした。
「本当はもっと違うことをしていただこうと思っていたのですが…」
「その通りだ。まったく…あのバカはまだ帰ってこないのか」
クリフはため吐息交じりに呆れながら悪態をつく。
「…?」
俺たちは誰のことかわからず顔を見合わせた。きっと教会の人なのだろうが。
「あ…ふふっ、噂してたら帰ってきたみたいだよ~」
レイチェルはそういって、玄関の方に視線を向けた。俺たちもその方向へむくと、扉が開き若い黒髪で短髪の青年が大きな荷物を持って入ってきた。
「帰ったぞー」
「どこを道草食ってたんだ、昼飯時はもう過ぎたぞ」
クリフはそういって青年を叱った。それに対して、悪びれもなく謝ったのちすぐそばに寄ってきていた子供たちと戯れていた。
「魔物に襲われそうになっていたやつを助けてたらこんな時間になっちまったんだよ」
「ここらの魔物なんぞすぐ倒せるだろう、なぜこんなに時間がかかったんだ」
「しょうがないだろ、数が多かったし逃げてもしつこく追いかけてきたんだよ。ったく…撒くのにどれだけ苦労したか…」
クリフの言葉に青年は疲れたかのように息を吐いた。
「この方は私の兄なんです。ほら兄様、この方たちに自己紹介をしてください」
「ん、おお…そうだな」
カミラの言葉に遊んでいた青年は子供たちから離れて俺たちの前に立った。
「自己紹介が遅れたな、俺はリアムってんだ。よろしくな」
「この子も冒険者なんだよ~」
「この子じゃあない、年は大して変わんないだろ」
レイチェルの発言にリアムが言い返すと、レイチェルは楽しそうに笑った。
「そっちの名前は?」
「あ、はい。俺はレイです」
「メルメルです!」
「ハチです」
全員の自己紹介を終えると、メルがリアムの背負っているリュックサックへ目を向けた。
「あの、その大きい荷物は何ですか?」
「これか?これは冒険者として稼いだ金でいろいろと買ってきたんだ」
そういってリュックサックを開き、中身を取り出しては机に置いた。
「肉や野菜に果物に牛乳とパンと…食べ物が中心的だな、子供はよく食べるからな」
「そうなんですね!……わぁ、たくさん入ってる!」
「すげえな…」
もともと大きい容量は入りそうだったが、そんなリュックサックからは想像つかないほどの量にメルとハチは驚いた様子だ。よく中を見るともの凄く丁寧に整理していて、ほぼ隙間なく物が詰めてあった。
ん?これは……
「これは何に使うんですか?」
食べ物のほかに日用品や仕事で使うであろう道具も出てくる中、ひときわ目立つものがあった。
それは水晶のように透き通っていて何かの文字が彫られている、平べったい水晶の様なものだ。
「それは魔水晶って言ってな、そこに彫られている呪文によって効果が違ってくるんだが…。魔道器に当てて魔法を発動すると、魔水晶に込められている魔力を上乗せして魔法の威力が上がったりその魔法の効果時間が延びたりするんだ。
だから魔力の少ない奴でも魔法使い並みの魔法が使えるようになるっていう代物だ。」
「……そういう言い方をするってことは、あんまし魔力がないってことですか」
「うっ、言葉を選ばず言うじゃねえか…。はあ、そうなんだよな、鍛えても鍛えても上がらねえの。こいつはぐんぐん魔力増えやがるくせによ」
「でもリアム君、腕力だけはあるよね~」
「だけはってなんだよ…。馬鹿にしやがってよ」
「あはは、褒めてるんだよ~」
レイチェルは、ムキになっているリアムをおかしそうに笑った。そんな光景を仲がいいなと思いながら見ていると、奥からカミラが料理を乗せた皿を持ってきていた。
「ふふふ、楽しそうですね。お料理、温めなおしておきましたよ」
「お、わりぃな」
カミラにそう言って、置かれた料理に向けて感謝のあいさつを述べるとフォークをもって一口食べた。
「お、うまいなこれ」
「レイさんが教えくださったんですよ。お料理も御三方に手伝っていただきました」
「へえ、なかなかに腕がいいじゃねえか。いつもは俺とカミラが料理を作ってるんだが、まあ俺が不器用なもんで大したものを作ってやれないんだよな。まったく…我ながら困ったもんだぜ」
そういってリアムは眉をひそめて笑った。
「そうなんです、ですが今日に限って兄様が帰ってこなかったので、本当に助かりました。これで依頼は達成ということなので、兄様は依頼でして頂くつもりだった礼拝堂の清掃と整理をお願いしますね」
「……えっ、マジ?」
「当然のことでしょう?」
カミラは自身のほうに向いて固まったリアムに、笑みを浮かべながら言い放った。
「わはは~、じゃあ私たちはそろそろ行くね~。リアム君、しっかりやりなよ~」
「わーてるって…。しっかりやらねえと後がこわい――」
「にいさま?」
「……」
カミラが浮かべたにっこりとした圧力に、リアムはやってしまったという顔でうつむいた。
「…こほん。それでは皆さま、ありがとうございました。よければ依頼ではない時にもきてください、歓迎いたしますよ」
「そうすね、暇なときにまた来ます」
「また来ます!」
俺がカミラの言葉に返答すると、真似をするようにメルが続いた。そうしていたら子供たちの相手をしていたクリフがその子供たちを連れてこちらへ向かってきた。
「行くのか、世話になったな」
「つぎ来るときは一緒に冒険者ごっこしよ!」
「レイ君、冒険者ごっこだって~。時間が空いたら一緒にやろうね~」
「冒険者ごっこ…そうだな、本業の人が一人最低でも混じるけど」
「みんなが合格したら四人だね~」
「そしたらもう冒険者の講習じゃん」
「ふふっ、たしかにそうだね~」
俺の軽口に、レイチェルはそう言って笑った。
そしてレイチェルに続き、俺たちは教会の全員に向き直った。
「じゃあ子供たち~、またね~」
「またねー!」
「ばいばーい!」
大きな声で大きく手を振る子供たちに、レイチェルと俺たちは手を振り返しながら教会を後にした。