紅く嗚禍く
「それにしても…何なんだ?こいつ」
大木が薙ぎ倒され、激しい戦闘の跡が刻まれた場所と化した森の中で異形の亡骸を見ているとハチがサクラに問いかけた。
「うーん…少なくとも自然界の魔物ではない、と思う。こんな魔物見たことないし」
サクラはハチの疑問に答えると、鞄から小瓶を取り出し狼の方へ向かう。そして小瓶を開けると杖を掲げて中の赤い液体を霧状にして狼に纏わせた。
すると狼の傷がたちまち塞がっていき、怪我が全て無くなった。
「それは?」
「これは治癒のポーション、それも結構いい奴だよ」
俺の問いにサクラはそう言って、今度は水を生み出し狼の血を洗い流していく。
次にメルが口を開いた。
「自然界にいないってことは、人工的な魔物?…あ!もしかしたら、こことは違う異界の魔物とか!」
「どうかな〜、いい線いってると思うけど」
サクラはメルの予想にそう答えながら、風を起こして狼の体毛を乾かしていく。
「まあ、何か目的があった様な動きだったのは確かかな」
「目的か…うおっ」
思案していると、後ろからフードを引っ張られる。振り返ると、目と鼻の先に綺麗さっぱりになった狼の顔があった。
「どうした?」
狼は俺から少し離れると、こちらを見ながら付いてこいと言わんばかりに背を向ける。
「…わかった」
「あれ?師匠、何処に行くんだ?」
エナが俺に問いかける。
「狼に付いてく。多分守ってたやつのところに連れて行ってくれんじゃないかな」
「えっ…!?待って待って!私も行く〜!」
「じゃあ俺も」
「あっ!ずる〜い」
「あっ…えっ…置いてかないで?」
俺と狼が歩いて行くと、メルを先導にハチとサクラが続き、エナはノリに付いて行けずに出遅れて続いた。
狼に付いて行った先には太い大木が生えていて、裏側に周ると木の幹に穴が空いていた。
「子供…?」
その中を覗くと、背を向けて小さく縮こまった幼い少女の姿があった。
髪は紅く、左右の側頭から一つずつ角が生えていて上に向かって捻れている。
「ひっ!?」
少女は怯えながら振り返り、地面に手を着いて後退った。
「あぁ、驚かせてごめんな。えーと…」
俺は狼の方を見る。
狼は俺の意図を理解して、少女に呼びかけるように短く声を発すると穴を覗き込んだ。
「え…?フィーちゃん!?」
少女は狼に気がつくと、気が焦いた様子で脇目も振らずに俺を押し退け狼の方へ駆け寄り抱きついた。
「良かったぁ…無事で…」
遠巻きに少女と狼を見守っていると、横からサクラが小声で耳打ちしてくる。
「…レイ君、あの子は魔族って言う種族だよ」
「魔族…そういえば種族選択の時にあったな…。まあ、それは後で…」
そう言って、サクラとの会話をいったん終える。
少女はしばらく抱き締めた後、少女は警戒は解かずにこちらを向いた。
「あの…魔物は…?」
「もう退治したから大丈夫」
「え、えっと…この子を…助けてくれたんですよね…?」
「…まあ、そうなるかな」
「あの…、ありがとうございます……」
俺の言葉に少女は安堵して警戒を解き、頭を下げた。
「いや、無事で良かったよ」
俺はそう言って、サクラが少女に問いかける。
「ところで、貴女は何であんな魔物に襲われてたの?見たことない魔物だったけど…」
「えっ…?わ、わかんない…」
少女はしどろもどろになりながらも返答を続ける。
「い、いきなり…来たの……っ村に…たくさん…それで…っ…みんな…うぅっ…」
話していくうちに涙目になっていき、膝から崩れ落ちた。
「…そう…辛かったね…。嫌なこと聞いてごめんね…」
サクラを含めみんなが顔を俯かせる。それを見兼ねて、俺は少女へ踏み出し跪いた。
顔を見つめながら、少女の頭に手を置いて落ち着くのを待つ。
「うっ…ひぐっ…うぅ…」
「……落ち着いた?」
「…うん」
少女の持つ金色の潤んだ瞳がこちらを向き、視線が交差する。
「俺はレイ」
「えっ…?」
「名前、聞いてもいい?」
「…わ、わたし…は…ラトナ……」
「ラトナ…いい名前だな」
「……」
「ラトナはこれからどうしたい?俺たちは…向こうのヒルヘイブ王国ってところに行くんだ」
後ろを振り返りみんなを一瞥する。
四人は顔を合わせて頷き合い、後にサクラが人さし指と親指で輪を作った。
どうやら全員同意してくれたようだ。
「え、えっと…」
ラトナは戸惑いの色を見せるが、俺は構わず続ける。
「魔物から逃げて、こんなところまで来て…行く当てないだろ?一緒に来てくれれば、ここよりは安全だと思う」
「……」
「どう?」
「うぅ……」
ラトナはしばらく躊躇った様子で口を紡ぎ、その後何かを振り払うように頭を振った。
「い、いかない…」
「もしかして、不安か?大丈夫、知り合いに孤児院をしてる人がいるんだ、そこで保護してもらえば…」
「わ、わたし……わたし…はっ…」
突如、ラトナの身に異変が起きた。段々と呼吸が浅くなっていき、その場に蹲って悶え始める。
「うっ…うぅっ…!」
「大丈夫か!?」
様子を窺うため覗き込もうとした瞬間、それを拒むかのように赤く禍々しい色のオーラが質量を伴って俺達を押し返した。
「ぐっ…い、いったい何が…」
「どうなってんだ…!?」
勢いは衰えず、むしろ増すばかりで何とかして近づこうにも中々近づけない。
「任せて…!」
サクラがそう言って前に出ると、杖を掲げて吹き荒れるオーラの暴走を抑え始めた。
「くぅっ…!」
サクラは必死に抑制しようとするが、力は拮抗していて押し返すことが出来ず、顔を顰めたまま俺の方へ顔を向ける。
「レイくん!」
「どうすればいい!」
「中に入ってラトナちゃんを助けてあげて!」
「…ああ、分かった!」
俺は暴走しているオーラの中へ飛び込み、一歩ずつ悶え苦しんでいるラトナへと近づいていく。
「うっ…頑張って…レイくん…」
…サクラのそんな言葉が微かに聞こえた。
しかし、この禍々しいオーラに晒されているからか全身が痺れてくる。
さらに一歩、足を前に出して進んで行くたび痺れが増して皮膚が斑に硬化していくような感覚がする。
「くっ…」
重くなっていく足をなんとか動かして歩みを進め、やがてラトナの目の前まで近づいた。
既に手足の感覚は無く立っているのもやっとだが、もうその必要はない。
膝を着いてラトナの身体を抱き締める。
「っ…!?」
「大丈夫だ…何も怖くない…」
次の瞬間、ラトナは苦しみから解放されたかのように力を抜き、同時に周りを圧迫していたオーラも霧散した。
「レイくん!大丈夫…?」
サクラが一目散に駆け寄って来て俺の体をまさぐり始めた。
「ちょ…何して…」
「かなり『侵食』してる…ごめんね、無茶させて…」
「侵食…?」
見れば自分の手から無数の尖った石のようなものがが生えていた。
「これって……いや、その前にラトナを頼む」
「えっ?いいけど…」
サクラに詳細を聞き出そうとしたが、何者かの気配を感じサクラにラトナを預けて庇うように立つ。
「ハチ、弓貸せ」
「あ、ああ…矢は?」
「いらない」
ハチから弓を受け取り、その直後にこちらへ目掛けて飛んでくる矢を横から掴む。
「えっ…」
みんなは驚いた様子だったが、意に介さず掴んだ矢をそのまま番えて弦を引き絞る。
そして解き放った矢は、正体も知らぬ射手へと吸い込まれていく…。




