辿る先に
「血…けど、魔物にそんなのはなかったぞ?」
静まり返った暗い木々が密に広がる中、サクラが血だと言い放ったそれに対して、ハチが鼻を抑えながらサクラに再び問いかける。
「魔物は原動力がエーテルと魔力だから、生物とは構造から違うの」
「ってことは…いや、動物って可能性も…」
「ううん、この辺りは魔物の生息域だから動物は居ないよ。魔物の力を抑制する結界の中じゃないと、動物は直ぐ獲物にされるから」
「そんな…じゃあ…」
「まだ決まったわけじゃない、とりあえず辿ってみよう」
俺はそう言って、全員で赤い粒子の…血の道筋を辿っていく。すると血の量が多くなっていき、飛び散った後かのような血だまりが散乱していた。
「この量…もうダメなんじゃ…」
ハチが言葉を漏らす。
それを見て、俺はサクラに問いかける。
「なあサクラ、この世界で人が死んだらどうなるんだ?」
「プレイヤーは何の形跡も残さず消滅するけど、NPCはそのままだよ」
「NPCは…けど遺体はどこにもないな…」
俺は周りを見渡してそう言う。
「もう少し進んでみるか」
次の瞬間、空から大きな影が落ちる。
「…?」
見上げるとそこには巨大な異形が空を飛んでいた。
イグアナのような太い後ろ足、蝙蝠のようなムササビのようなどちらともつかない中途半端な翼に、一つ目で大きな牙とツノを生やした禍々しい様相だ。
「なに…あれ…」
メルが唖然とした様子で呟く。
「あれは…」
サクラはそう言って、思案気味に異形を凝視する。
すると異形は耳をつんざくような鳴き声を発して勢い強く落下していき、落下地点から別の低い唸り声が響いてくる。
「何かと戦ってるのか…?」
ハチが言った言葉に、俺は歩をさらに進める。
「行くか」
「え?ちょ!?」
エナの動揺を無視しながら進んでいくと、木々がなぎ倒された形跡が現れ始め増えていく。
そしてついに落下地点に到達すると、開けた場所で異形と血塗れの巨大な狼が戦闘を繰り広げていた。
「魔物同士が戦ってる…返り血が凄いな…」
「…ううん、あれは返り血じゃないよ」
木々の陰に隠れながら戦いの様子を見ていると、ハチの言葉にサクラが訂正する。
「あれは狼の血」
「えっ?でも魔物に血はないって…」
「あれは魔物じゃないからね」
「ど、どういうことだ…?」
ハチが困惑した表情でサクラに問いかける。
「あれは…魔力濃度の高い環境で進化した生き物、『魔獣』だよ」
「魔獣…」
「普段こんなところに来るはずないんだけど、あの魔物が執念深く追ってきたのかな?」
「…じゃあ、助けたほうがいいのか?」
「うーん…どうだろ、魔物じゃないとはいえ凶暴だし…」
「俺は助けたいな」
「えっ?」
俺がハチとサクラの話に割り込むと、サクラが首を傾げてこちらを見る。
「見てみろ…あの狼、逃げも攻めもせずにあそこから動いてないだろ?たぶん何かを守ってるんだ」
「確かに…それなら少しは大目に見てくれるかな?」
「ってことは、助けに入って良いんだよな!?」
ハチが少し明るい口調でサクラに問いかける。
「そうだね、このまま見捨てるのも忍びないし…」
「決まりだな」
意見が一致したのを確認した俺はそう言葉を発して、サクラに目を向ける。
「サクラ、魔法で煙幕みたいなのは出せるか?」
「出せるよ、あの間に出せばいいかな?」
「ああ、そしたら俺が行って注意をこっちに向けさせるから、狼が離脱したら煙幕を取っ払ってくれ。それとサクラとハチで援護できるように狼の両斜め後ろに回っておいてくれ。
メルとエナさんはここで待機だ。たぶん近距離は俺しか対応できない」
「わ、わかった…」
「そうだな…私が行っても足手まといか…」
素直に大人しくする二人を横目に、俺はサクラに向き直る。
「それじゃあ頼む」
「オッケー」
サクラはそう言って杖を掲げると、白い煙の塊を形成する。そして煙の塊は異形と狼の間へ射出され、爆発的に煙が広がっていく。
「じゃ、行ってくる」
俺は草むらの陰から飛び出すと煙の中に入り、混乱に乗じるように異形の足に向けて斬りかかる。
「幻技…『ストレングスライン』」
剣は青い光を纏い、甲高い音を立てながら異形に衝突するが、皮を裂き肉に食い込む程度に終わった。
「硬っ…」
だがそれでもダメージにはなったようで、注意がこちらに向き猛攻を仕掛けてくる。それらを煙に紛れながら全て凌いでいくと、突風が吹き抜け煙が霧散していく。狼の離脱が完了したようだ。
そして視界が通るようになった後、俺の頭上を通り背後から火の弾が異形に撃ち込まれる。異形は衝撃で仰け反り距離が生まれ、お互いに様子を窺う形になる。
「なあ、魔法使った方が早いんじゃないか?」
「それは無理、一帯が焼け野原になっちゃう」
「そんな強いのか魔法って…」
そんなサクラとハチの会話を聞き流しながら、狼の方に視線を向ける。狼は困惑している様子だが、取り敢えずは味方だと認識してくれているようだ。
「助けに来た、協力するぞ」
言葉が通じたか判らないが、狼は頷いたように見えた。
満身創痍ながらも、その瞳の闘志はまだ燃え尽きていない。
「さて、これで匹敵……いや、形勢逆転だな」
俺は異形を見据え、そう言った。




