幻は現より輪郭を帯びる
迫りくるフォールエイプの群れに、俺は剣を鞘から抜いて、メルも隣に並んで短剣を逆手に構えた。
「じゃ、合わせるわ」
「わ、わかった」
俺はメルと共にフォールエイプの群れに向かって歩き始める。フォールエイプ達は地面と木の上から俺たちを扇状に取り囲み襲い掛かるが、二人で呼吸を合わせてそれぞれを切り伏せる。
「これで七匹」
抜けていった一匹を見るため振り返る。残りの二匹は戦闘中すでに身を隠しており、一匹だけ眼鏡の女性の方へ襲い掛かるところだった。眼鏡の女性はフォールエイプを真っすぐに見据える。
「私も負けてらんないなあ!!」
眼鏡の女性はそう言うと、剣を後ろに構える。
「『幻技』!!!」
すると刀身が発光し始め、『キィィィ』と甲高い音を発した。
「なんだ?」
突然のことに驚いていると、眼鏡の女性はそのままフォールエイプに向けて剣を薙ぐ。
「はぁぁぁあ!!」
スカッ
「…あー」
フォールエイプは跳んで躱すと、呆気にとられている眼鏡の女性の腕に乗り喉元を噛み千切ろうと牙を剥いた。
「えっ?ぎゃあああああ!!!」
だが間一髪でハチの放った矢がフォールエイプの首元に命中し、難を逃れる。
「…あぶねー」
「た、助かった…」
眼鏡の女性はへたり込んで、ほっと息を吐いた。
「まだだよ!」
だが、危険はまだ去っていない様子。
サクラが焦った様子で上を向いた。
「へええええええ!?!?」
木の上からフォールエイプが二匹、眼鏡の女性に目掛けて襲い掛かる。
「よっ」
既にすぐそばまで駆けつけていた俺は、そのまま跳んで片方のフォールエイプへ剣を振り抜き弾き飛ばす。そして、眼鏡の女性の前へ着地し、振り返りざまに剣を返し脇腹を目掛けて横に振った。
「お?」
すると、今度は俺の持つ剣の刀身が発光し、甲高い音を鳴らし始める。そしてフォールエイプの胴体が、まるで凄まじい質量によって切り裂かれたかのように断裂した。
「えぇ…」
俺は上半身と下半身が別れてしまったフォールエイプに困惑する。
『幻技《ストレングスライン》を習得しました』
視界の端にウィンドウが現れる。
――幻技…?スキルとは違うのか…?
「ふぅ…危なかったね」
サクラは構えていた杖を降ろし、眼鏡の女性に話しかけた。
そして、ハチとメルが心配そうに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「立てそう?」
メルは、眼鏡の女性に手を差し伸べる。
「ああ、ありがとう」
眼鏡の女性はメルの手を取り立ち上がると、服についた土を払った。
「本当に助かったよ。というかトレインしてしまってすまない!デスペナルティ惜しさに逃げ回ってしまった」
「気にしないで、ちょうど手ごろなのを探してたところだったし」
サクラが眼鏡の女性の言葉にフォローを入れる。
「そう言ってくれて助かるよ。ところで君たちは、前哨基地に向かってるのかい?実は私もなんだ…と言いたいところだが、もう帰ろうかと思ってる…」
「しょうがないね。連れて行ってあげたいけど、その後が大変そうだし」
「ああ、その通り」
眼鏡の女性は落胆したように肩を落とす。
その時、サクラが少し暗がりな笑みを浮かべて眼鏡の女性の顔を覗き込んだ。
「でもさ……もし、今すぐ強くなれる方法があるとしたら…どう?」
「……えっ?」
そんな悪魔の囁きにしか聞こえない言葉に、眼鏡の女性は顔を上げる。
「い、一体どういうことだ?」
「そのままの意味だよ、今ここですぐに強くなれる方法があるの」
眼鏡の女性はサクラから漂う圧力に気圧されるかのように一歩後退した。だがサクラが一歩前進したため、安全な距離を置くことは叶わなかった。
「別に、そんな難しいことするわけじゃないからさ」
「……」
そして、サクラの顔に張り付くその笑顔に、彼女は誘われるように言葉を紡ぐ。
「ど…どんな、ことをするんだ……?」
「ふふっ……、それはね…」
サクラは言葉を区切ると、俺の方に顔を向けた…??
「な、なに」
「戦い方を教えてあげてよ」
「……」
…肩透かしをくらった。ただよう雰囲気からはおおよそ想像つかないくらいさっぱりした提案だった。眼鏡の女性のほうも、今にもずっこけそうな勢いだ。
「まあ、いいけど」
「決まりだね」
「だがいいのか?私に時間を割いてしまって」
「ぜんぜん大丈夫だよ、別にそんな時間かからないでしょ?」
「ああ、コツさえつかめば最低限は何とかなりそうだし」
「そうなのか?それならよろしく頼む。そうだ!レイ師匠と呼べばいいか?」
「いや、呼び捨てでいいから」
あれ、名前言ったっけ俺……目を凝らせばプレイヤーネーム見えたわそういえば。すっかり忘れてた。
えっと…クニエナガ?島じゃなく国か、どこの国だよ
「じゃあ、クニエナガさん?」
「エナちゃんでも構わないぞ」
「エナガさんの持ってる武器は剣と盾か」
「エナちゃんでも構わないぞ」
「…じゃあエナさん、普段やってる構えの姿勢みせてくれ」
「エナちゃんでも…」
「むり」
エナは渋々といった様子で、剣と盾を構えた。
「うん、やっぱり構え自体は別に悪くないな。じゃあ、剣を振って」
「わかった」
エナは上から下へ剣を振り下ろす。
「問題はここだな、身体が流れてる。これじゃ次の行動が遅れて命取りだ」
「…たしかに、思い返せばいっつも攻撃の後に死にまくってるかもしれない」
「原因は剣を振るときに力み過ぎてるのと、盾を持つ手が開きすぎてるせいだな。
これじゃ身体が振られてバランスが保てないし、盾を持つ利点もなくなる。バックラーみたいな小さい奴は剣の軌道の分ひらくだけでいいんだ」
「こうか?」
「そうそう、それと盾は剣に添わせて一緒に動かすと、余計な動作がなくなってすっきりするな」
「なるほど」
こうして、エナへの指導は数分間つづいた。