暇がない武人高校生
初めまして
▶灰色 麗
授業終わりの放課後、教科書や筆記用具などを鞄に詰め込み帰りの支度をしている途中、ふと話し声が聞こえた。
「最近『リベルタス・オンライン』初めてさー、もうすぐイベントが始まるらしいんだよねー」
「知ってる知ってる。確か国を防衛するとかなんとか…」
リベルタス・オンライン
よくテレビやSNSで流れてくる、『LO』だったり『リベロ』だったりと呼ばれるこのゲームは、フルダイブ式のVRMMORPGゲームだ。
クラスで聞く情報によれば「超リアル!」「動きの違和感がない!」「微生物がいる!」とのこと。微生物まで作り込んでるとか…どんなゲームだよ。
「まあ、遊んでる暇ないけど…」
独り言を呟きながら、下駄箱から取り出した靴を放る。
「れ〜い君!一緒に帰ろ?」
「…お、桜か」
靴を履いていると、背後から天野 桜がひょっこり顔を出す。腰までかかる髪にまつ毛にかかるほど長い前髪は切り揃えられていて、可愛らしい顔立ちをしている。そんな容姿に惹かれるらしく、こいつのファンは多いらしい。
「やだ」
「えー何でよぉ」
「色々と面倒くさい」
「別に周囲の目とか、れい君は気にしないでしょう?」
「そうじゃない、引っ付いてきてしつこいからヤなんだよ」
「ひどーい」
そんな日常会話を繰り広げながら、帰路についた。
「ねえれい君、『リベルタス・オンライン』でさ、今週の土日に国を防衛するイベントがあるんだけどね、一緒にやってほしいなあ」
長い髪を揺らしながら、可愛らしく首を傾げる。
こいつは大のゲーム好きだが、余程気に入らない限り誘ってくることは中々ない。逆に言えば、『リベルタス・オンライン』はそれほどのものだったということだ。けど…
「むり。俺は忙しいの」
「むう、連れないなあ。具体的にどう忙しいのよう」
「学校の課題は当然だろう?それと畑作業やうちの門下生たちの面倒を見ないと」
「そっかあ。れい君家の屋敷って、畑と道場があるんだっけ」
「そう、そんなわけで俺は暇がねーの」
「仕方ないかぁ…でも諦めないからね!絶対一緒にするんだから!」
「はいはい、暇があればな」
これは懲りないなと苦笑していると、自分の家の前に着いていた。
「んじゃ」
「またね、れい君」
桜に別れの挨拶を告げ、うちの大きな門をくぐった。
庭から見える仕切の開いた道場では、大勢の人たちが鍛錬を積んでいる。うちの父親を師事している門下生たちだ。
その門下生たちの中から、背の低い少年と少女が駆け寄ってくる。
「なあ麗兄!稽古つけてくれよ!」
「麗先生聞いてきいて!段位が八段に上がったの!」
「お前ら落ち着け同時に喋るな、聞いてやるから」
稽古をつけてくれとせがむ少年は八剱 連。八段に昇段出来たという少女は美原 楓。二人は同じ時期にうちの門を叩き、切磋琢磨しているライバルの様な間柄だ。
で、話を聞くと楓が先に昇段したことで連が感化され、燃えているそうだ。
「よしわかった、準備してくるから待ってろ」
「やったぜ!」
「連くん連くん、私もやりたい!」
「俺はいいけど…麗兄いいか?」
「いつもと変わらないし、別にいいよ」
「それもそっか…じゃ、待ってるぜ!」
そう言って二人は、道場に駆けていった。
「まったく元気だよな、ほんと」
二人の後ろ姿を見て、小さく呟いた。
そして、ガラガラと玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
靴を脱いで階段を上がり、自室に入り、鞄をおいて服を着替える。さて出ようという時にドアからノックする音が聞こえた。
「はいよー」
ドアを開けると、後ろ髪でポニーテールを作っている、妹の灰原 花織がダンボール箱を持って立っていた。
「お兄ちゃん、はいこれ」
「なにこれ?」
「父さんから、中身は『ヘッドギア』と『LO』のカセット」
「は?なんで?」
「『最近暇してないだろうからゲームでもして遊んでろ』、だって」
「まじか…」
「畑仕事は門下生の基礎鍛錬として組み込まれるらしいよ」
「おうまじか…」
「じゃ、そういうわけだから。たまには私とも遊んでね」
花織はそう言って階段を降りていった。
「桜に断りをいれたばっかなのに、暇ができた…」
とはいえ誘われた後に、こんな出来事があるのは運命的とも言える。
「これもなにかの縁か…」
やってみるのも良いかもしれない。
「でもその前に、あいつらに稽古つけてやんないとな」
独り言ちて、道場へと向かった。