【母親の視点】~女尊男卑な世界で私たちは強くなって家族を守る~【本編連載中】
「ねぇ聞いた? 新しく来たパーティの男の子が結構かっこいんだって」
「ふーん」
ここは、魔物との最前線に位置する都市だ。わざわざそんな死地に好き好んで来る人間というは、決して多くはない。毎日が死と隣り合わせのこの場所では、そんな小さな娯楽ですら噂の種になる。
「ねえ、見に行ってみようよ!」
「……いい」
「いいからいいから!」
「ちょ、ちょっと……!」
腕を引っ張られ、渋々立ち上がる。そもそも男を漁りたいならこんな最前線に来なければいい。それこそ首都や都市にでもいけばいくらでもいるだろう。
ため息を付きながら、ミーハーな相方と一緒に男の子たちを見に行く。
そこには二人の男の子がいた。
一人は筋骨隆々で、如何にも鍛えてますって感じの男の子。もう一人はヒョロっとしていて、眉は少し下がり頼りなさそうな感じ。
(確かに見た目はかっこいいかもしれないけど……)
どっちも好みではない。
「ねえねえ、どっちがタイプ? 私はあっちの体が大きいほうかなー」
「私はどっちも……」
特に、あのヒョロっとしたほうがダメだ。死んでしまった父を思い出してしまう。
「よし、声かけてみよー!」
「あ、ちょっと!」
こちらの静止を聞かずに声をかける。その後、話が進んで結局、彼女の発案で一度ご飯を食べることになった。場所を食事処へ移す。
「へえー、じゃあデニスさんたちって幼馴染なんだ」
「ああ、二人で一旗揚げようって田舎から出てきたんだけど……」
ちゃっかり隣の席を確保して、積極的に話しかけている相方。そんな姿を横目に、届いたご飯に手をつける。
「この辺の魔物って結構強いもんねぇ……ねぇ良かったら今度一緒に狩りもいかない?」
「え、いいんですか? こっちとしてはありがたいんですが……」
「いいよいいよ、一緒に行ってみよう」
ご飯を食べていると、勝手に予定が組まれていた。私から見ると、相方のリーゼロッテの行動は結婚を焦って少し必死に見えるが、男性から見ると、どう見えるのだろう。今年で20歳を迎える私たちは、そろそろ結婚適齢期だ。そろそろいい相手を探したくなる気持ちも分かる。
「アンネさんは、宜しいんですか?」
そこで初めて、隣に座っているヒョロっとした男性に声を掛けられる。
えーっと、確かドミニクだっけ。
「別に予定もないし、いいんじゃない……」
「そっか、良かったです」
そういってニコリと笑う彼に、少しだけドキリとする。生まれた時から、最前線に住んでいた私は、普段からあまり男性と接触する機会がない。こういった異性の不意の仕草に、意表を突かれる。
次の日、一緒に狩りに向かうことになった。お互いに装備や連携の確認を行う。
「……なによ」
「いえ、珍しい武器を使ってると思って」
私の武器は、亡き父が使っていたという大剣。女性が持つにはサイズが大きく、扱いづらいと言われている。そうは言っても、私は幼少期からコレを使わされていたので今は手に馴染み、変に軽い武器だと逆に扱いづらさを感じる。
「これ以外知らないのよ、悪い?」
「いえ、凄くいいと思います」
女性は軽い武器が合っているとよく言われるため、大剣を持っていると変な目で見られることも多い。
その中でこの男は、そういった偏見もなく素直に褒めてきた。時折こうして不意打ち気味に、こちらをドキリとさせてくる。狙ってやっているのか、天然でやっているのかわからないが、あまり男の子に耐性がないので辞めて欲しい。
はぁ……疲れる。
これで一緒に戦ってみて戦いづらかったら、断りやすいのだが。四人の相性が良いらしく、狩りはとてもスムーズに進んでいく。リーゼは長年の付き合いがあるので分かるのだが、このドミニクという男は相手に合わせるのがうまい。
それから何度か一緒に狩りをしたり、一緒に食事をしているうちに仲を深めていった相方のリーゼロッテはデニスと付き合いだすことになる。
「はい、デニス。お疲れ様」
「ああ、ありがとう。リーゼ」
戦闘が終了する度に、こうして目の前でイチャイチャを見せられる。男性と付き合うなんて考えていないのだが、こうして目の前でイチャイチャされると、どうも居心地が悪くなり、その場から離れる。自然とドミニクと二人、一緒にいることが多くなった。
大きな石があったので、そこに腰かけていると隣にドミニクもやってくる。特に会話もなく、二人がイチャイチャするのが終わるのを待つ。最初の頃は無理に話をしようとしていたが、最近ではこうして特に喋りもせず、無言で座っているのも慣れてきた。
「どうして、ああイチャイチャできるのかしら」
今まで、男の子と一緒に狩りをしたりすることがなかったが、男女混合パーティはどこもこんな感じなのだろうか。
「なら、僕たちも付き合ってみます?」
「……え?」
――こ、こいつっ!
突然の不意打ち。カアッと顔が赤くなる。こいつは今サラっと何てことを言ったのだろうか。言いたいことがあるのに言葉にならず、口をパクパクさせながら相手を睨みつける。
「僕は、本気ですよ」
「~~~~っ!」
「っ!!」
本気のグーパンチを相手の腹に放つ。その場に崩れ落ちるドミニク。
「――フンッ!」
私はバツが悪くなり、その場から離れた。
◇◇
その場から彼女がいなくなり、二人がこちらにやってくる。
「あーあ、怒らせちゃった」
「はは、失敗してしまいました」
イテテとお腹をさすりながら起き上がる。以前から二人に協力してもらい、彼女と二人っきりになる機会を増やして貰っていた。いい雰囲気な気がしたので告白してみたのだが、見事に玉砕してしまった。
「はあ、何がダメだったんでしょうか」
「だから言ったじゃない。アンネって初心だから流れで告白するんじゃなくて、ちゃんとロマンチックに告白しないとダメだって」
素直に、彼女の助言を聞いておけば良かった。しかしロマンチックか……慣れていないので出来るだろうか。
「要は気持ちよ、気持ち。ちゃんと場を整えて準備すればいけるって!」
「はい……頑張ります」
次は、失敗しないように気を付けないと。
◇◇
あんなことがあった夜、ご飯を食べて宿でダラダラしているところに宿の店主から伝言があった。
「リーゼが?」
ある指定の場所まで来て欲しい、という伝言だった。それならさっき伝えてくれればいいのに。丁度、彼の事で相談したいこともあったので、準備をして外に出る。
(さむ……)
寒い季節に入り、少しだけ寒さを感じる。暗い夜道を歩きながら指定された場所に行くとドミニクがいた。こちらを見つけて手を振っている。
「……なんで貴方がいるのよ」
「僕がリーゼに頼んで呼んでもらったんだ」
つまり仕組まれたってことか! あの腐れ縁の相方のニヤニヤ笑う顔を思い出す。後で覚えておけ!
この場は無視して去ってもいいのだが、今後も彼らとの関係を続けていきたいと思っている。仕方ないので彼の話を聞くことにした。
「少しだけ、話せないかな?」
「……分かったわ」
近くにあった石に腰かける。いつもと同じように彼は私の隣に座る。
ふわりと体に、暖かい彼の服がかけられた。
「寒いだろうから、使ってよ」
「……」
どうしてこの男は、いつもこうして不意打ちをしてくるのだろうか。そうだ、そもそもこんなことになったのは告白も不意打ちでしてきたからだ。
「昼間は驚かせちゃって、ごめん」
「……別に」
別に嫌じゃなかった。ただ不意打ちだったのでビックリしてしまっただけ。
「でも昼間のことは嘘じゃない。だから……改めて言わせて欲しいんだけど――」
「――まって」
別に彼のことが嫌いとか、彼に悪戯しようと思って言葉を遮ったわけではない。
「私の話から聞いて欲しいの」
「え――?」
きっと私の全てを知ってしまったら、貴方は私の事を好きではなくなっちゃうから。
「私はこの前線都市で生まれて前線都市で育ったの」
「うん、知ってる」
「父も母も冒険者で、父は幼いころに冒険中に命を落としてしまった。その時の母は、周りに当たり散らかしてひどかったわ、ドンドン周りから人が居なくなっていった。でも私は親がいないと生活できないくらいに幼かったから、3年間そんな環境で一緒に暮らしのたの。結局その後、母も死んでしまったけど」
父が死んだ理由も、私が我儘を言ったせいだ。私が家族でどこかに出かけたいといったため、父は少し無理をしてお金を稼ごうとした。母もその事実を知っていたため、きっと私を恨んでいただろう。
「だから私は、大切な人を失う悲しみ辛さも知っている」
前線都市では、まともに子育てなんて出来ない。明日死んでしまうかもしれない状況で、好き好んでこの場所に留まる人も少ない。
「だから私は、私は子供の育て方だって知らない」
小さいころに父を亡くし、母からは恨まれていてまともに愛情を注いで貰ったこともない。
「だから私は、私は他の街での暮らし方だって分からない」
生まれてからずっと前線都市で育った私は、戦うこと以外を知らない。
「だから私は……貴方の気持ちに応えることが――」
『できない』
その言葉は、彼が遮ったので私は言葉を発することができなかった。
「――好きです。僕と付き合ってくれませんか」
「……話を聞いていた?」
「聞いてた。その上で言わせて欲しい。僕はそんな君が好きだ。……人を失う悲しみや辛さを知っている君を。子供を育てる難しさを知っている君を。家族を守れるだけの強さを持っている君のことを、僕は好きなんだ」
彼は、真っすぐにこちらを見つめて告げる。
「そんな君と、この先もずっと一緒にいたい。一緒に乗り越えていきたい。そう思ったんだ」
彼は、どこからか準備していた花を取り出す。
「仲間としてじゃなく、これからは彼女として隣に立って欲しい」
その花は、ブバルディアの花。花言葉は『幸福な愛』。花を出す姿が少しだけ不器用で、でも彼が必死に考えて準備してくれたことが分かった。
「一緒に幸せになろう」
「――はい」
そうして、彼と私は付き合い始めることなった。
◇◇
結局、私たちは彼ら二人の地元に行くことになった。
前線都市で戦いながら、子供を産んだり育てたりすることの難しさを知っていることもあった。何より子供を身ごもってしまい、4人で揃って狩りをするのが難しくなったのも理由の一つだ。
そして第一子が生まれる。
「見てくれアンネ! 可愛いらしい男の子だ!」
男の子が生まれた。可愛らしい私たちの初めての子供だ。少しだけ自信が無さそうで、下がった目尻は夫とそっくりだ。
「アンネにそっくりだね」
「そうかしら……」
可愛らしい子供は、いつまでも見ていられる。ぽっぺを触れば微笑んでくれ、手を振れば笑ってくれる。そんな子供をずっと見ていたい。だけど、ずっとそうしているわけにもいかないので、子供が少し成長したころで仕事のため外に出ることが多くなる。
家から森へ向かう途中、井戸端会議をしている女性二人を見つけた。
「あっ」
こちらを見つけ、その二人は会話を止める。村の女たちは、噂話が好きだ。以前も、男の子が生まれた私たちを少し蔑んだような噂を流していたので睨みをつける。特に村のような閉鎖された地域では、村内での女のカーストも大事になってくる。
(あの子は私が守らないと……)
世の中には、いくらでも怖いことがある。一家の大黒柱として私が家族を支えていく。そんなことを考えて生活しているから、自分でも少しずつ性格がきつくなっているのが分かるが、仕方ないと諦めている。生活は決して裕福ではないけど、夫と私と子供で幸せな生活を送れていると実感できる。
(私は、母のようにならない……)
夫を失い、子供を育てることを放棄していた母。そんな風にはならないようにと、張り詰めた毎日を送っている。
カラン
そんな時、子供が食事中に器を落とす。大事な食料を落としたこと。厳しい世界を生きていく息子を案じていること。気持ちが張り詰めていたこと。
「なにしてるの!!」
ビクリと子供が怯える。色々なことがあり余裕がなかったのか、少しだけ大きい声が出てしまった。
あっ、と思った時にもう遅く、子供が完全に怯えてしまった。
(もうダメかも……)
子供との接し方が分からず、落ち込む度に助けてくれる夫と、許嫁として自分の娘を推薦してくれた向かいの家に住んでいる相方。色々な人に助けられながら、乗り越えてきた5年間。
いよいよ息子の信託の日だ。
気合を入れる。今日は、村のみんなに息子を正式にお披露目する日。何事もなく済んでくれることを願う。
(よし!)
息子が、家から出てくる。気持ちが入りすぎて息子を睨んでしまった。落ち着け、私。
親として出来ることをやってきたつもりだ。
夫と目線を合わせて頷きあう。どうか今日が良き一日になるようにと、私は願った。