頼み事
一通り買い物を済ませると、すでに時間は昼を過ぎていた。
「あの、もう昼を過ぎてしまったので、今日はチョコレートは諦めようと思います。危ないところを助けていただいた上に、買い物にまで付き合ってくださってありがとうございました」
「それはいいが、俺たちはまだ君の名前も聞いてない」
「あっ! すみません私ったら自分のことでいっぱいいっぱいで。申し遅れました、石井沙耶といいます」
「俺は五瀬馨、こっちは池田涼だ。俺は君の命も救ったし、買い物にも付き合ったわけだから、こちらの頼みも聞いてくれないだろうか?」
「頼み、ですか。私に出来ることでしたら何でも協力します。でも先に荷物を部屋に持って行ってもいいでしょうか? 景子が……連れがバスグッズを待っているんです」
涼が軽い調子で尋ねた「石井さんのホテルはどこ?」
「ベラージオなんです」
「へぇ~奇遇だね、僕たちもベラージオなんだよ」
「それなら、涼、ホテルのコンシェルジュに頼んで荷物を彼女の部屋へ届けてもらってくれ。俺たちは先に部屋に戻ってる」
ベラージオのロビーで涼と別れた馨と沙耶はエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターはどんどん上へ上がっていく。二人の他に乗っているのは2組のカップルだった。
ボタンは最上階のひとつ下の35階、18階、6階が押されている。若い欧米人のカップルが6階で降りた。18階で扉が開いた時沙耶は降りかけたが、馨が沙耶の腕を掴んで止めた。
「35階だ」とひとこと言った馨は沙耶の腕を離した。
35階の部屋はスイートルームだった。独立した広いリビングの窓は、コモ湖のちょうど真ん中あたりに位置していた。
「わあ~広いですね。コモ湖もラスベガスの街並みも一望できますね! 私たちの部屋からは山しか見えないんです」
「俺たちは仕事で来ているからこんな部屋は必要なかったんだがな。さてと昼をここで食べながら話をしよう」
「頼みごとの件ですね」
――こんな部屋に泊まれる人の頼み事って何だろう? ここって1泊何十万とかする部屋よね……改めて部屋を見渡した沙耶は思った。
「食べられないものはあるか?」
「いえ、好き嫌いはないです」
ちょうどそこへ涼が帰ってきた。馨はお昼のルームサービスを涼に任せて、沙耶をリビングのソファに座らせた。
「喉が渇いたな。水でいいか?」そう言って、馨は冷たいミネラルウォーターをグラスに注いで沙耶の前のテーブルに置いた。
喉は乾いてカラカラだった。砂漠の乾燥した空気と、外に長時間いたせいかもしれない。沙耶はゴクゴクとグラスの水を飲み干した。すると馨はすぐグラスにおかわりを継ぎ足した。
気のせいか、グラスに水をそそぐ馨の口元が微笑んでいるように見える。
馨は沙耶の向かい側に座ってサングラスを外した。涼やかな目元のイケメンだ。サングラスをしていてもかっこ良かったが、外すと思ったより若くて、それこそモデルか俳優のようだった。
料理が来るまでの間、馨は色々なことを沙耶に尋ねた。年齢、住まい、結婚しているかどうか。
「歳は7月で25になりました。家は荒川区です、景子の両親と住んでます。結婚はしていません」
馨の隣に座っている涼が訝し気に馨を見ている。沙耶もなんだか仕事の面接でも受けているみたいな気がしてきた。とうとう涼が話に割り込んだ。
「じゃあ石井さんの仕事は?」
「私は、高野景子のマネージャーをしてるんです。ベガスにも景子の仕事で」
「高野景子って、あの女優の高野景子?」
「はい、私と彼女は同級生で幼馴染なんです」
それから少し雑談を交わしているとルームサービスが届いた。
イタリアンと地中海料理が合わさった献立で、昼からこんなにたくさん食べるのか、といった量だった。が、さすが一流ホテルの食事は味も一流で、3人はほぼ食べつくしてしまった。
デザートにフルーツが添えられたジェラートを口に運んでいると、食事の間はあまり話さなかった馨が口を開いた。
「さて、頼みごとだが」
「はい」
「俺と結婚してほしい」




