ドライブスルーウエディング
「病める時も、健やかなるときも、死がふたりを分かつまで愛し慈しみ貞節を守る事を誓いますか?」
白いチャペルの小窓から、上半身だけが見える初老の牧師は、車に乗ったままの私たちに尋ねた。
「誓います」「……誓います」私は彼の後に誓いを述べる。
「ではこちらにサインをして下さい」
必要な書類にサインを済ませるともう終了。窓口に来た時と同じようにゆっくりと車は前進して出口へ向かった。
これで結婚式はおしまい。噂通り、シンプルであっという間のドライブスルー婚だった。
あれよあれよという間に私は結婚してしまった。まだこの人と出会ってから1日も経っていないのに。
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「沙耶分かってるでしょ、急いでよね」
――また始まった。景子の要求はいつだって無謀なことばかり。
私たちは景子の仕事でラスベガスに来ていた。
今日は仕事がオフ。少しなら観光ができるかと思っていたけど、朝から景子のお使いを頼まれてしまった。
「でもせっかくだから景子も一緒にショッピングに行かない? カジノに行ってみるのも楽しい……」
「何言ってるのよ、外は日差しが強くて日焼けしちゃうじゃない。それに私の正体がバレてサインとかねだられたら面倒でしょ。そんな事も分からないの?」
そう、彼女は高野景子。今や若手女優の中でもトップクラスの人気者だ。
「あ……そうね。ごめんね、私が行ってくるわ」
「BasinWhiteのバスグッズでゆっくりお風呂にしたいんだから、昼までには戻って来てよ。流石にルームサービスは飽きたから、昼はレストランへ行くわ」
景子のお使いリスト――
えーと、日本へのお土産多数とBasinWhiteのバスボムとボディーバター、ボディーソープとヘアソープ一式。これは向かい側のホテルのショッピングモールへ行かないとだめね。
それとジャンフィリップパティスリーのチョコレート。これはベラージオで買えるから最後でいいわね。
私たちが宿泊しているホテル、ベラージオの前には噴水ショーが行われる巨大な人工のコモ湖があり、そのせいでストリップと呼ばれる大通りに出るまでに結構な時間がかかる。
おまけに今日は快晴。日本とは違って湿度は低めなのに、気温はなんと38度もある。
汗で鼻からずれる眼鏡を直し、直し、やっと向かい側のホテルで目的の物を買うことが出来た。
山のようなお土産とBasinWhiteの品を両手にぶら下げてベラージオに戻ってきた私は、チョコレートショップへ向かった。
「えええっ、もうここはジャンフィリップパティスリーじゃないんですか?」
つい何年か前から、ジャンフィリップはこのお店から手を引いたようだった。今はホテル直営のチョコレートショップになってしまっている。
どうしよう……景子が食べたいって言ってたのに、残念がるわ。
私はフロントでお勧めのチョコレートショップを教えてもらい、また外へ出た。
今度はシーザーズパレスの方に向かわなきゃ。
ギラギラと容赦なく照り付ける太陽の下に出た途端、私は後悔した。
――荷物を一度部屋に置いてくるべきだった。
荷物で両腕が重く、暑さと疲れで意識がぼんやりし始めていた私は、曲がってくる車に気づかなかった。
「Watch Out!」
鋭い声がしたと思うと、私は強い力で、腕と服を後ろから引っ張られた。
耳障りなクラクションを鳴らしながら目の前を大きなピックアップトラックが通り過ぎて行った。
――あれに巻き込まれていたらただでは済まなかっただろう。背中に冷や汗が流れるのを感じる。と、同時に私は振り返り、私の命を救ってくれた人の顔を見た。
「Thank you so……あ、ありがとうございました。ほんとに助かりました」
私は身長が171センチある。その私が見上げるほど、背が高いその人は日本人だった。
サングラスをかけていたせいで最初は気づかなかった。でも後ろにいた彼の連れが「よいしょ」と言いながら、私がぶちまけたショッピングバッグの中身を拾っている声でわかったのだ。
「君も日本人だったか。全く……こんな大通りでぼうっとしてるなんて」
「す、すみません。あ、お土産が――」
慌てて私もお土産やらボディーバターの箱を拾い集めた。だが道路側に転がった品物は、後続の車やトラックに轢かれて、ただのプラスティックの塊と化していた。
「あああ、また買いに戻らなくちゃ。もうお昼には絶対に間に合わないわ」
半泣きの私を、その背の高い男がじっと見下ろしている。サングラスの隙間から見える無表情で冷たい視線。口調もあからさまな蔑みの音色を含んでいた。
「昼までにその買い物を済ませないといけなかったのか?」
「はい、頼まれたものなんです。それにチョコレートも探さないと……」
「チョコレート?」後ろにいる、もう一人の日本人が口を開いた。
「はい。ジャンフィリップパティスリーが撤退していたのを知らなくて。そこのチョコレートも頼まれていたので、代わりのお店を探さないと」
「君一人ではそれだけの買い物を、持ちきれないんじゃないか?」
「えっ、そう……かもしれないですけど――」
「俺たちがその買い物に付き合おう。買い物はそこの池田が持ってくれる」
池田と呼ばれたその男性は驚いた表情をしてみせた。「まあ、構いませんが」
「よし、それじゃあどこの店から行くんだ?」




