4-19 鳥取にもちょっと前にセ〇ンが出来ました
次に向かったのは鉄道に関する博物館の跡地で、やっぱり室内は瓦礫の山になっていて見るものはほとんどなかったけれど、屋外には立派なSLが放置されていてそれはそれは一見の価値があるものだった。
僕らはそこで布を広げてレジャーシート代わりにし小休憩をとる事になる。ナビ子ちゃんは梅干しの三角おにぎりをひょいぱく、と食べて、ん~、とすっぱそうな顔になってしまった。
「いやあ、いい感じに朽ち果てていますね。ここまでくればサビも塗装の一種デス」
「そうだね」
機関車はサビと植物に覆われ整備したところでもう動く事はないだろう。きっと町の人に愛されたのだろうけどほったらかしにされた姿はほんのり切なく、それは塩味のおにぎりの味を引き立ててくれた。
「そういえば僕がいない間、鳥取はなんか変わった事とかあった?」
黙って食べるのもつまらないし、僕はヒロたちにそんな話題を振った。
「ああ、お前は知らないだろうがついにセ○ンが出来たぞ」
「またまたあ、鳥取にセ○ンが出来るわけないでしょ。何も知らないからって僕をからかって」
だけどヒロはそんな冗談を言ったので僕は笑い飛ばした。嘘をつくならもっと質のいいものにしてほしいよ。
「まあそうなるよなあ。あたしも最初はニュースの映像を見てCGかと思ったよ。大勢の人が行列を作って一年くらいその話題で持ち切りだったな」
「え、ほ、本当なの?」
つるぎちゃんまでもがそれが事実であると認め、僕の頭の中は真っ白になってしまう。
鳥取県民にとってそれは例えるのならフォトンベルトに突入し、人類が次のステージに向かうような。あるいはシンギュラリティにより世界に変革が起きるような、そんなとてつもない事だったのだから!
「鳥取にセ○ンが出来た……? 地震の少し前にス○バが出来たのに……! 鳥取に何が起こっているの!? 世界が終わるの!? まさかこれも笛と鼓の音がもたらした異変なのかな!?」
「ああ、今思えばそうなのかもしれない。きっと担当者は笛と鼓の音を聞いて精神が狂ってそんな凶行に出てしまったんだ。そうでなければ鳥取にセ○ンやス○バが出来るはずがないからな」
ヒロは深刻そうに深く頷く。まさかあの時から鳥取に異変が起きていただなんて。僕は鳥肌が収まらなかった。
「いやんなわけないだろ」
「アミノ酸が美味しいデス」
つるぎちゃんは冷静にツッコみ、ナビ子ちゃんと一緒にポリポリとたくあんをかじる。どうやら彼女たちはこんな異常事態に置いてもなお異常である事が理解出来ない哀れな人種だったようだ。きっとこういう人が世界の変化に取り残されて絶滅してしまうのだろう。
「あとはそうですねー、ダジャレ好きな知事さんが辞めて新しい人に変わりました」
「え、本当ですか?」
続いてうみちゃんもなかなか面白いネタをぶっこむ。こちらも衝撃的ではあったけどセ○ンほどではなかった。
「はい。国際会議でダジャレを言って、向こうの国の代表者にそれのどこが面白いんだ、と真顔で返されるも、空気を読まずにダジャレを連発した結果向こうがついにブチ切れて、なんやかんやで日本に経済制裁をされそうになって責任を取って辞職することになったんです」
「ああ、あの人たまに空気を読めない時がありましたからね。明らかにダジャレを言う空気じゃないのにダジャレを言ったりして。ついに辞めさせられましたか」
僕はある意味では納得してしまう。口は禍の元とは言うけれど本当にあの人はたまにそういう事があったからなあ。だからダジャレでクビになったと聞いて僕は何の疑問も抱かずそれを受け入れてしまった。
「それで新しく知事になった澄州って人もちょっと変わった人で、美しすぎる知事ってマスコミに引っ張りだこなんです」
「女の人が知事に? 珍しいですね」
「いえ、女装した男の人です。でも女性にしか見えません。下手な女優さんよりも美人なんじゃないでしょうか」
「へ、へー、随分新しいというか」
僕は少なからず困惑が勝っていたけれど、今時そこまで珍しいわけでもないしそういう人が知事になっても別にいいだろう。でもそういうのを嫌がる古い考えの人が多い田舎の鳥取で知事になるなんて相当能力があるんだろうな。
ヒロはさらに補足の説明をした。
「ま、色物なのは確かだがかなりの敏腕だ。あの人のおかげで鳥取は人口も雇用も賃金も右肩上がりでそれなりに支持はされている。特に星鳥市は政令指定都市にランクアップしそうなペースで急速に発展しているし、不動幹事長を蹴落として国政に進出するかもな。白倉はそんなに恩恵を受けていないけどさ」
「そりゃまたすごい」
僕の知らない間になんだか鳥取は凄い事になっているようだ。もう僕にとっては関係のない事だけどやっぱり地元の事は気になってしまう。
そんな時、ふとつるぎちゃんは思い出したように言った。
「あ、そうそう。鳥取じゃないけどY○SHI-HASHIが最近ベルトを獲ったぞ。あれがプロレスファンの間で今年一のニュースだったな」
「Y○SHI-HASHIってプロレスラーの? へぇ、やっぱり年をとっても相変わらず強いんだね」
「ん? 強い?」
だけど僕がそう言うとつるぎちゃんは首をかしげてしまう。あれ、違ったかな。でも正直うろ覚えだからこの記憶が正しかったかどうか確証はなかった。
「うん、この前もベルト獲ってたよね、僕が向こうにいたころだけど。あれ、僕の気のせいだった?」
「ああ、あいつは正直どうでもいいポジションだったというか、晩成型だったというか。ベルトは今回が初めてだぞ」
「ああ、そう」
僕はプロレスにそこまで詳しくないから多分記憶違いだよね。まあどのみちそこまで興味はないけど。
「うーむ」
ポリポリ。先ほどと同じくナビ子ちゃんはやっぱりまた悩んでしまう。
「何だかデジャヴが……ワタシは昔、こんな風に誰かとおバカなやり取りをしたような気がします。きっと終末だらずチャンネルの方々と」
「え、今のやり取りで? せめてもうちょっとシリアスな会話でそうならないものかな」
何が思い出すきっかけになるかなんて僕には到底わからないけど、地元のゴシップで、というのは何だか嫌だ。もっと車にはねられるのを助けた命懸けなアレとか、素敵な湖で二人きりで見た神秘的なアレとか、よくわからないけどそういうものだよね。
「でもやっぱり思い出せません。ここは美味しいものを食べて血糖値を補充して思考するためのエネルギーを蓄えましょう」
「結局食いたいだけじゃねえカ」
やっぱりナビ子ちゃんは何も思い出せずおにぎりをバクバクと食べる。光姫ちゃんも呆れつつ、二つ目のおかかおにぎりを手に取って食べた。