4-17 母親との確執と友への依存
コーヒーのせいか、なかなか寝付けなかった僕はバスの外に出てボーっと夜空を眺めていた。
何も考えずに夜の闇に身を委ねる。果てしない静寂は僕の悩みを掻き消してくれた。
「今日も天体観測デスか?」
しばらくしてから、僕の後を追ってナビ子ちゃんがやってくる。
「そんなところ」
彼女は僕の左側に立って、一緒に夜空を見上げる。
どこまでも深い闇。二人ぼっちの満ち足りた世界。言葉なんて邪魔だった。
「ナビ子ちゃんはさ」
「はい」
「僕に、話したい事があったんじゃないの?」
僕は独り言を言うように彼女に問いかけた。そしてナビ子ちゃんは少し悩んでからこう切り出す。
「みのりさんが、何だか寂しそうだったので」
「……はは、ナビ子ちゃんにはやっぱりわかっちゃうか」
「友達デスから」
お互い悲しい笑みをして、空を見上げながら会話を続ける。
「ごめんね、僕は元の世界に帰りたくない。天女伝説を聞いてそういう気分になったって事もあるけど」
「天女伝説、デスか」
「うん、僕にはちっとも子供の気持ちがわからなかった。二人は自分たちを捨てた母親にどうして会いたいって思ったのかな」
あの昔話はきっと実際に起こった話だ。だからこそ僕は感情移入する事が出来なかったんだ。
「今も昔も変わらない。いつだって親は身勝手だよ。自分の都合で子供を見捨てる。親子の愛なんて嘘っぱちだ。あんなのは結局ドラマの中だけなんだ」
「みのりさんは、向こうの世界でいろいろあったんデスよね」
「うん、この前話したと思うけど……僕とお母さんとの確執はそう簡単に無くなるものじゃない。たとえ年月が経ったとしても僕はあの人の事が大嫌いなんだ」
「そうデスか」
ナビ子ちゃんは僕の暴言を否定する事無く優しく受け入れてくれる。僕はなぜかその慈悲深い眼差しに母性を感じてしまったんだ。
それは僕がずっと求めて止まなかったもの。友達にそんなのを求めるなんて健全じゃないかもしれないけどさ。
「ま、これも取り越し苦労っていうか、捕らぬ狸の皮算用っていうか、そもそも元の世界に帰る方法は見つかっていないから無意味な心配かもしれないけどさ」
違う。そうであってほしい。そんな方法ずっと見つからないでほしい。僕はこの優しい世界でナビ子ちゃんと終わりを迎えたいんだ。
「みのりさん」
だけどナビ子ちゃんは真面目な口調で僕の名前を呼んだので、思わず僕は彼女の顔を見てしまった。
彼女は真剣な表情で僕の顔を見つめる。どんなに僕を想ってくれている言葉だとしても、きっとそれは心をえぐるものだから僕は彼女の言葉を聞きたくなかった。
「ワタシはどれだけ時間がかかってもみのりさんが元の世界に帰る方法を見つけ出します。そしてみのりさんが向こうの世界に帰りたいと思うまで、ワタシはずっと待ち続けますから」
「……ありがとう」
何て息苦しい優しさだ。僕は心にもない感謝の言葉を言ってしまった。
僕は最近ナビ子ちゃんの優しさが辛くなる。天使のような彼女の光は僕の影をより一層濃くしてしまうから。
満天の星々はすぐ近くあるように見えて、実際はかなり距離が離れている。きっとヒロたちにも僕らはそう見えているのだろう。
ああ、心がかき乱される。何も考えたくない。
変わりたくなんてなかった。
本当に何もかもヒロたちのせいなんだよ。僕はずっとナビ子ちゃんとこの世界で遊んでいたかったのに……。
それでも夜は更けていく。
永遠に続くと思っていたナビ子ちゃんと過ごせる時間は、終わりへと向けて刻一刻とタイムリミットが迫っていたんだ。