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4-16 天女伝説の真実

 そしてすべての準備が整ってしまう。長話に備えてコーヒーもたっぷり準備したところで、古文書に目を通し終えたナビ子ちゃんはコホン、と咳ばらいをする。


「内容はすべて把握しました。結論から言えば書かれていたものはとても有益と思われる情報でした。それでは翻訳したものを重要な部分だけお話ししますが構いませんね」


 やっぱりそうだったんだ。僕は落ち込んでいる事を悟られないように表情を誤魔化すのに必死だった。


「ああ、頼む」


 ヒロはゴクリと唾を飲み込みひどく緊張している。そして本当の天女伝説がナビ子ちゃんの口から語られた。


「今から千年ほど前この地に一人の男がいました。その男は狐憑きで奇行を繰り返し、村の人から恐れられていました」

「狐憑き?」


 聞き慣れない単語につるぎちゃんは早速聞き返す。ナビ子ちゃんが何かを言う前にうみちゃんはそれについて解説をした。


「狐憑きの人は暴力的になったり奇声をあげたりして人々から怖がられていましたけど、その正体がただの病気の人だったって事はわかりますよね。精神病とか、脳の病気とか、原因はいろいろ考えられますけど。昔はそういう人は狐に憑かれたと思われていたんですよ」

「へー、そうなんですか」

「話を続けますね」


 話を仕切り直し、ナビ子ちゃんは昔話を再開する。


「ある時村に浅津あさづという名の妖怪が現れました。その妖怪はとても醜悪な見た目をしており村の人は怯えてしまいます。ですがその男だけは妖怪を美しい天女と思い込み、求愛し、結婚をしました」

「展開早っ、じゃなくて妖怪? もうこの時点で俺たちの知っている話とは違うな」


 冒頭からシナリオは大きく異なっていて、ヒロも含めここにいる全員が驚いてしまう。


 僕は一般に知られている白倉の天女伝説を思い出す。簡単に言うと男が天女と恋に落ちて、子供が生まれて、天女が空に帰って、子供がお母さんを笛と鼓の音で帰ってくるようにお祈りしたというものなんだけど、やっぱり時代の流れで内容が変化してしまったようだ。


「そして天女はお倉とお吉という子供を産みます。しかし二人もまた天女と同じく大層悍ましい姿をしていました。けれどそれがわからない男は子供を愛し、迫害から逃れるため人目を避けて山の奥深くに住み、幸せな家庭を作りました」

「あれ、いい話系なのカ?」

「まだ続きがあります」


 その時のナビ子ちゃんはどこか暗い表情をしていて、この先に悲劇が待ち受けている事は想像に難くなかった。


「ですが天女は悲しみます。狐憑きと醜い自分たちのせいで、山の奥深くで蔑まれながらひっそりと暮らす日々は果たして彼にとって幸せな事なのかと。天女は男の幸せを願い、狐憑きを祓いました」


 狐憑きを祓う――それは何らかの方法で男の病を治したという事なのだろう。魔術か科学的なものかはわからないけど。


「しかし正気を取り戻した男は天女と子供たちの悍ましい姿を見て恐怖します。そして発狂しながら男が鍬を振り回し襲い掛かる姿を見て、天女は自分が間違った事をしたのだと気付きました。天女は男への愛を無くし、空へと帰って行きました」

「ひでぇ男だな」


 つるぎちゃんはそうポツリとつぶやく。天女からすれば無償の愛を与えたのに裏切られたわけだから、愛が冷めるのも当然かもしれない。


「残された子供たちは山の奥深くで母親と父親を求めて泣き叫びました。そして天女が残した笛と鼓を鳴らし帰ってくるように願います」


 紆余曲折を経てようやく僕の知っている天女伝説の物語に戻ってくる。だけどこれで終わりじゃない。まだ話には続きがあるはずだ。


「しかしその笛と鼓は常世の門を開くためのものであり、ぴーひゃら、ぽんぽんと音が鳴るたび、門がわずかに開いて人々の魂を汚染しました。狂った人間は笑いながら家を焼き、人々を無差別に殺し、村は大混乱に陥ってしまいます」

「っ」


 それはまさしく向こうの世界で起こっている異変そのものでヒロたちは絶句する。点と点が線になり、真実が明らかになろうとしていた。


「村の人々は災いの元凶であるお倉とお吉を殺し、白倉山の要石に封印しました。そしてその封印は代々海野神社の宮司が護っている、との事デス」

「海野神社……うちの神社ですね。でも要石はあの地震で壊れちゃいましたよ」

「みのりが眠る原因になったあの地震ですか。最近になって異変が起きた事にも説明がつきますね」


 もしかすればあの地震も、封印が弱まって天女の子供が暴走した事で生じたものなのかもしれない。最早それは確かめようがないけれど。


「これで重要と思われる話は以上デス」


 ナビ子ちゃんは全てを語りふう、と疲れたような顔になる。どことなく重苦しい空気が流れ誰一人として言葉を発する事はなかった。


 最初に口を開いたのは、ヒロだった。


「なかなか面白い話だったが、やっぱり笛と鼓の音は全てに繋がっていたらしい」


 望む未来へのヒントを手に入れた彼は満足そうにこくこくと頷く。ショッキングな内容だとしてもそれは過去の事だし結局は他人事なのだ。


「でも何だか悲しい話でしたね。これが本当の天女伝説だったんですか。昔話は往々にして時の権力者によって都合のいいように変えられますけど……」

「ん、そうダナ。でもまあお倉とお吉は悪意がなかったとしても迷惑な事をしてたし、多少は仕方ないんじゃないカ」


 割り切れないうみちゃんに光姫ちゃんはそう諭す。だけど彼女もどこか切なそうな表情で心を痛めているらしい。


 つるぎちゃんは少し考えて、こう切り出す。


「この話が実際に起きたとして、別の世界から現れた天女が色々あって元の世界に帰って、笛と鼓の音が鳴った時に門が開いて、ついでにその影響で人が狂うって事か。この解釈で間違いないな?」

「ええ、おそらくは。メカニズムのすべてが明らかになったわけではありませんが、みのりさんが元の世界に帰る方法もきっとこの伝説にヒントがあるでしょう」


 ナビ子ちゃんは深く頷き、真っ直ぐと僕の目を見る。


「というわけデス! みのりさん、これで一歩前進しましたね!」

「そ、そうだね」


 だけど僕はその目を直視出来なかった。あの世界に帰りたくない僕からすれば全くもって願っていない状況なのだから。


「さーて、夜更かしの時間はここまでデス。明日は早起きして調べ物を済ませましょう!」

「ああ、そうだな!」


 進展があった事で皆はやる気に満ちあふれている。僕一人だけが浮かない顔をしてその日の活動は終わってしまった。

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