4-14 呼び方変更
さて、夕飯も終わり僕は山口さんと食器を洗って後片付けをしていた。だけど正直こういうタイプの人は苦手だから会話も出来ず、どうにも気まずい空気が流れる。
でも仲良くしたほうがいいよね、つるぎちゃんの身内なら。だから僕はほんの少し勇気を出した。
「お皿洗うの上手だね、山口さん」
「んー、ああ、仕事でやっているからナ。皿洗いは日本に住む中国人の必須スキルダヨ」
山口さんはちらりと僕を見て気のない返事をした。敵意はなさそうだけどやっぱり釣り目な顔つきも口調もちょっと怖いな。見た目で判断しちゃダメだけど。
「あ、やっぱり向こうの人だったんだ。イントネーションとかがそれっぽいと思ったけど日本には留学かなんかで?」
「密入国で。厳密には媽媽がだけど」
「え」
予想の斜め上な返しに僕の身体は硬直してしまう。いや、冗談……なのかな?
「国籍は一応日本だけどナ。アタシにもいろいろあるんダ」
「そ、そう」
「それと光姫でいいヨ。山口って呼ばれるのは日本人っぽくて好きじゃないんダ。光姫ならギリ許せるケド」
「わ、わかったよ、光姫……ちゃん」
僕は戸惑いつつも呼び方を光姫ちゃんに変える。日本でいろいろあったんだろうけど、その話を聞けるほどまだ僕は彼女と仲良くはないし深くは掘り下げないでおこう。
「そうビクビクすんなヨ。お前はつるぎの朋友だから滅多な事はしねぇサ」
「ポン……ああ、うん」
ポンヨウと聞いて一瞬意味が分からなかったけど確か中国語で友達って意味だっけ。何か強敵と書いてともと呼ぶやつと世界観ァンが共通な人が使っていた気がする。
「アタシはつるぎたちに返しきれない恩があるんダ。だから恩返しの機会を与えられて嬉しいんダヨ。お前はアタシたちが必ず元の世界に帰してやるから安心しろヨ」
光姫ちゃんは僕を安心させようとふふ、と優しい笑みをした。だけどその優しさは僕にとっては嬉しくもあり苦しくもあった。
「う、うん、ありがとう」
本音では帰りたくないだなんて純粋な光姫ちゃんに言えるわけがなかった。だからそう上辺だけのお礼をするのが精一杯だった。
でも光姫ちゃんがとても義理堅く優しい子だという事はわかった。つるぎちゃんとおじさんとおばさんの優しさに純粋無垢な彼女はそのまま染まったらしい。
「何だか友情が芽生えて楽しそうですねー」
「わわ」
だけど僕たちの背後から海野先生が現れホクホクとした笑顔でまとわりついて来る。ナビ子ちゃんとともに奇行を繰り広げた事もあり、僕は正直違うベクトルで先生に対してあまりいい第一印象を抱いていなかった。
「どしたヨうみちゃん。鬱陶しいから離れるヨ」
「先生もどうせならうみちゃんって呼んでほしいです、海野先生じゃなくて。私も海野って呼ばれるのはあんまり好きじゃないんですよー」
「え、どうしてですか?」
僕がそう尋ねると彼女はよよよ、とわざとらしく泣く仕草をした。
「それを聞きますか? 海野英理子ですよ? うんのえりこですよ? 子供のころ、どういうあだ名をつけられたか察してください」
「あ……なんとなくわかります」
「だからうみちゃんって呼んでくれますか?」
「はあ、ではうみちゃん、お皿が洗えないので適当にナビ子ちゃんと遊んでください」
「わかりました~」
僕はうみちゃんにそう指示を出すと彼女はクルクルと回りながら退却し、ナビ子ちゃんと遊び始める。
「はぁ~ズンドコズンドコ!」
「ウー、リンボー!」
そんなわけで二人はリンボーダンスを始め、楽しそうにはしゃぎだした。
……え、どういうわけで?