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4-10 朽ちた電車と思い出と

 福岡で充実した終末の休日を過ごした僕たちはバスを走らせ熊本県内に突入する。目当ての大吉市までは距離があるため、僕らは一旦廃墟の駅に立ち寄る事にした。


 駅のホームには草木が生い茂り、すっかり錆びついた電車が停車していて窓ガラスもほとんどが割れている。僕たちはガラスの破片がない座席を探して座り、ナビ子ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲んで一服していた。


「ほけー」

「熊本と言えば紅茶デスよねー」


 僕は香しい紅茶に癒されているとナビ子ちゃんはそんな事を言った。


「そうだっけ?」

「紅茶文化は熊本発祥なんデス。誰かが言っていた気がするのデスが、うむむ」


 ナビ子ちゃんはそこでプチフリーズしてしまいこめかみのあたりを指でぐにぐにして再試行する。だけど結局思い出せなかったらしく肩をがっくしと落としてしまった。


「その話はもしかしてナビ子ちゃんが昔大吉市に行った時に聞いた話なのかな」

「かもしれません。ワタシはそこで、とても美味しいサクサクしたチョコのアイスと、さつまいもとあんこのお団子を食べた記憶があるような、ないような」

「あはは、結局食べ物なんだね」

「デスね」


 僕は冗談にして笑い飛ばすと彼女は少しだけ明るい表情になったけど、すぐに元の暗い物に戻ってしまう。


「やっぱり、あそこにはワタシの記憶の核心に迫る何かがあるのだと思います。終末だらずチャンネルに関する記憶が……」

「だろうね。ナビ子ちゃんは気が付いていないかもしれないけど、大吉市行きが決まってから何となく普段と様子が違うから」

「そう、なんデスか?」


 彼女は自分自身も気づいていない些細な変化を指摘され意表を突かれた顔になってしまう。だけどしばらくしてああ、そうなんだと納得したようだ。


「いいえ、そうデスね……ワタシはちょっぴり不安デス。知りたくなかった事を知ってしまうかもしれませんから」

「ナビ子ちゃん……」


 普段、僕の手を引いて導いてくれる頼もしい彼女がこれほどまでに弱々しい姿になっている。


 それを知ってしまえば何かが変わってしまうかもしれない。危ういバランスで保たれていた平穏があっという間に崩れてしまうかもしれないのだ。


 だけど僕は彼女に何かアドバイスが出来るような人間じゃなかった。不安なのは僕も同じだったし……。


 だから語る言葉を持たない僕に出来るのは、彼女の手をそっと握る事だけだった。


 こうして一緒に落ち込んで痛みを半分こすれば少しはマシになると思って、自然と僕の手は動いてしまったんだ。


 ――でも、やっぱり僕は卑怯で、弱かった。


「怖いなら、無理しなくてもいいよ……」


 それは親友を想っているように見せかけた、とてもズルい嘘だ。


 僕は彼女に真実を知ってほしくなかった。僕との儚い平和な日々をどうしても護りたかったから。


「このまま何も変わらなくても、いいじゃないか」


 違う。これは僕自身に言い聞かせた言葉だ。なんて僕はひどい人間なんだ。


「いいえ」


 だけどナビ子ちゃんは寂しそうに微笑んで、首を横に振る。


「悲しくても、嬉しくても、ワタシは思い出さないといけません。ワタシと、ワタシの大切な人のためにも」

「……………」


 今は亡き仲間を想う彼女の言葉に僕は悔しくて泣きそうになってしまう。自分があまりにも身勝手で卑怯な人間だと改めて実感してしまって。


 そしてナビ子ちゃんは電車の奥のほうを眺め、遠い日々に想いを馳せた。


「この電車にもきっと昔は大勢の人が乗っていた事でしょう。たくさんの人の思い出がこの電車には詰まっているんデス」


 彼女の瞳の奥に映る光景が、僕にも見える気がした。


 子供のはしゃぐ声、余生を楽しむ老夫婦、愛を育むカップル、親友との旅を楽しむ人。多くの人々にこの電車は愛されたのだろう。


「だけどもう彼らはここにいません。もう、誰もここにいた人たちの事を覚えていません。みんなが存在を忘れてしまったその時人は本当の意味で死んでしまうんデス」


 彼女がそう言った途端映像が中断され、人々の虚像は消滅する。そこには何処までも虚しい文明の残骸があるだけだった。


「だからワタシは絶対に思い出さないといけません。ワタシの大切な人たちを、終末だらずチャンネルの人たちの事を」

「そっか」


 そのどこまでも強い決意に僕は意気消沈してしまう。その固い意志を僕の弱さで捻じ曲げる事なんて不可能だ。


 ごめんね、ナビ子ちゃん……。


 僕はそう口にして謝る事も出来なかった。


 僕だけずっと変わらず弱いままで。本当に情けないったらありゃしないよ。


「さあ、そろそろ出発しましょうか、みのりさん」

「そう、だね」


 笑顔の裏に決意を胸に秘めて立ち上がったナビ子ちゃんに、僕はぎこちない微笑みを返す。


 僕はどういう結末になったとしてもそれを受け入れるほかなかったんだ。どうか幸せが壊れてくれるなと身勝手に祈りながら、僕は彼女との旅を再開したのだった。

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