4-9 数百年越しの豚骨ラーメン
さて、あちこち動き回った僕たちは川沿いの屋台街跡地に移動し、一番星が輝きだす頃に最後のアクティビティを楽しんでいた。
「ところでナビ子ちゃん。どうして当たり前のように屋台があって、当たり前のように僕はラーメン屋の大将っぽい格好をしているのかな」
僕は前掛けと頭にタオルという服装に着替え大将のコスプレをしているわけである。後は店先の看板に長々とした文章を書けばいいのかな。腕を組んだ写真もあれば完璧である。
「あはは、また当たり前のように着替えておいて何を言っているんデスか。天丼はいいのでラーメンをお願いします。ワタシ上手い事言いましたね、ドヤァ」
「いやそんなには」
ボロボロのラーメン屋の屋台を見つけた僕たちは早速ごっこ遊びを始め、晩ごはんの支度をしているわけだ。と言ってもほぼ廃材同然の屋台は物を乗せただけで壊れそうなので、調理器具とかは自前のテーブルに乗せているけどね。
道路に即席のかまどを作り、その上に置いた寸胴の中で煮込んでいるのは豚っぽい生き物のゲンコツやそのままでは食べにくいくず野菜だ。さっきからかなり強烈な匂いが漂い体に染みついてしまわないか少し不安だけど、直火でコトコトとじっくり煮込んだからきっと美味しくなっているに違いない。
「やっぱり福岡に来たのなら、豚骨ラーメンを食べないと駄目デスよね!」
「そだねー。スープももういいかな」
時間が一番かかる自慢の豚骨スープも完成したところで早速料理を始めよう。ナビ子ちゃんもさっきから楽しみにしている事だし。
事前に用意しておいた細い手打ち面を固めになるようササッと茹でて、チャーシュー代わりに肉厚なイノシシのベーコン、煮卵はないから絶妙に半熟なゆで卵もトッピングして。
「はい、終末版豚骨ラーメンの完成だよ」
「おほー! この時を待ちわびました! 何だか数百年くらい待った気がします!」
そしてでん、と丼に入れてナビ子ちゃんの前に豚骨ラーメンを提供する。湯気が立ち上って見るからに美味しそうなラーメンは脂が光り輝き見た目にも鮮やかだ。
「オーバーだなあ。時間がかかり過ぎて夜になっちゃったけどさ」
僕は目の前を流れる川を眺める。都会の川というものは汚れているイメージがあるけれど、川を汚す人間がいなくなったおかげで山の清流のように澄み切ったものに変わり、空の星が反射して地上の天の川のようになっていた。
「「いただきまーす!」」
しかし今は絶景を見るよりも空腹を満たしたい。僕も屋台の内側に座りナビ子ちゃんと向かい合って自慢の一杯を味わう事にする。
「ふぉぉお、何たる濃厚! ブタさんとニンニクがガツンと来ます!」
まずはスープをレンゲで飲んでみる。野菜の旨味と豚骨の旨味が複雑に絡み合ったスープはかなりこってりしていてなかなか強烈な主張をしてくる。やや硬めの食感の細麺とも抜群にマッチしていて、カロリーを求める空きっ腹にはたまらない。
程よく半熟なゆで卵もスープがしみ込んでいてイノシシベーコンも口の中でほどける。代用品以上の役割を果たしてくれたので心の底からグッジョブと言いたい。
「うん、我ながら会心の出来だね」
「本当デス! みのりさんはお料理が本当に上手デス! もうワタシの身体はみのりさん無しでは生きていけません!」
「変な言い回しをしないでよ」
僕は苦笑したけどやっぱり褒められて悪い気はしない。いつも護られてばかりだからこういう部分では恩返しをしないとね。
「はい、そんなおだて上手なナビ子ちゃんにはイノシシベーコンを一枚プレゼントしよう」
「あんたは神様か! ありがたやありがたや~」
「ベーコン一枚で神様呼ばわりかあ。随分と神様も安売りセールをされたものだね」
僕は箸でベーコンを一枚掴みナビ子ちゃんの丼に移し替えると、彼女は両手を合わせて僕を拝み始めた。ここまで喜ばれるとは思っていなかったから僕はちょっぴり引いてしまう。
「昔のサラリーマンの方々はここで明日を生きるエネルギーを蓄えていたのでしょう。やっぱり美味しいものはいいものデス。ああ、何だかビールを飲んで会社の悪口を言いたくなってきました」
「いいですよー、お客さん。好きなだけ愚痴ってくんなせぇ」
「では遠慮なく。こんにゃろうめ、殺すぞクソ上司! 毎日サビ残させやがって! お土産に薄皮まんじゅうばっかり買って来るな! タイムカード、なにそれおいしいばい? 接待交際費は自腹たい、ひどかデスよね!? こんな仕事がしたくて必死で勉強して中洲産業大学を卒業したんじゃなかと!」
「お客さんも大変なんですねー。ま、自分も芸能界にいたころは休みとかあってないようなものでしたけどね」
エセ九州弁が気になるナビ子ちゃんは机を叩きイメージで社畜ごっこを始める。僕は会社で働いた事はないけどこういうものなのかな。
ちなみに薄皮まんじゅうのあたりはものすごくピンポイントな愚痴だ。とあるなろう小説作家の知り合いの職場の上司にそんな人がいたんだって。
「あのずんだれクソ作監、一週間で仕上げろとか無理に決まっとーよ! 作画崩壊とか知らんばい! アニメ作るのも大変なんだばい! もっと給料上げろボケカス、ぼてくりこかすぞ!」
「アニメの制作会社に勤めているって設定なの?」
僕は怒り狂うアニメーターさんをなだめズルズルと麺をすする。うん、程よく歯ごたえがあって美味しいよ。
「ほらほら、お客さん。川でも眺めて落ち着いてくださいな」
「ほえ? おおー、本当デス! いつの間にこんなに素敵な光景になっていたんデスか?」
ずっと後ろを気にしていなかったナビ子ちゃんはようやく地上の天の川に気が付き、その美しさによって元の彼女に戻った。僕はベテランの大将になり切り諭すようにこう告げる。
「泣き言ばかり言ってないで少しは身の回りにある幸せを探すといいですよ。視野を少し広げるだけでこんなに綺麗な風景がありますからね」
「ええ、本当デスねー。なんだか怒りがどこかに行っちゃいました。ワタシは何故怒っていたのでしょうか?」
ずぞぞぞぞ。怒りが静まったナビ子ちゃんはラーメンをすすり幸せそうな顔になる。やっぱりやけ食いなんてしないでごはんは楽しく食べるのに限るね。