4-8 廃墟の世界樹
さて、お次に観光するのは嫌でも目に付く施設だ。元々は電波塔だったであろうその施設は見上げると首が痛くなるほど巨大で、ナビ子ちゃんはカメラを下から上に動かしその大樹を撮影する。
「でけぇデス」
「ほかにもっと感想はないのかな」
僕はシンプル過ぎるナビ子ちゃんの解説に苦笑するけど、実際こんな凄い建物を見てしまえば驚きのあまり単純な言葉しか出てこないだろう。
電波塔はガラスと鉄骨により造られていたのだろうけれど、やっぱりここも植物が侵食していた。その結果びっしりと全面にツタや緑の葉っぱが生い茂り、まるで世界樹のような大樹へと変貌してしまったのだ。
これほどまでに生命力あふれる廃墟が存在するだろうか。大樹はどっしりと大地に根を張り、この街を守護する神木のようになり、その堂々たる姿を見せつける。
「よし、では登ってみますか」
「え。本気で言ってるの?」
だけどナビ子ちゃんは唐突にそんなエグイ事を言った。ひ弱な僕の顔は強張ってしまいもう一度タワーを見上げる。
てっぺんまでは登らない、というか多分登れないにしても見ての通りかなりの高さだ。展望台は百メートルを超す程度の高さにありかなり骨が折れる事は目に見えている。
「本気も本気、本気と書いてマジデス。ささ、運動のお時間デスよ!」
「えー」
そして僕は半ば強制的に登頂ツアーに参加させられる。一縷の望みにかけて階段が存在しない事を願ったけれど、やっぱりあるんだよな、これが。
そんなわけで螺旋階段を延々と登っていく。カンカンという足音をリズミカルに聞き、ぐるぐる、ぐるぐると周りながら登っていくと、何だか目が回って来て空間を正常に認識出来なくなってしまう。
僕は足を止め中央の吹き抜けから下を眺めた。うわあ、地面が滅茶苦茶遠くにある。階段も老朽化してるけど壊れたりしないよね。
「ぜひー、ぜひー。おんぶして……」
「どうしてそこで諦めるんデスか! 出来る、出来る、君なら出来ます!」
泣き言を言った僕にナビ子ちゃんはテニスプレイヤーのように暑苦しくエールを送る。僕は生まれて初めてあのオッサンに殺意が芽生えてしまった。
「はいはい。ナビ子ちゃんもロボットなら根性論を信奉するんじゃなくて理論的になってよ」
でもここまで来たからには登り切らないともったいない。こうなれば意地でも登ってやる。僕は文句を言いつつもひたすら足を動かした。
「さあ、到着デス!」
「あ、やっと……」
クタクタになったけれど僕らはようやく展望台に辿り着いた。
そして、僕は目の前に広がる風景に言葉を失ってしまう。
砕けた窓からは自然と融合した大都会が一望出来、まるで天上の住人になったような気分になり、僕はその絶景に魅入ってしまったんだ。
人々が生きていた街はこんなにちっぽけだったのか。それはどこか虚しく何もかもがどうでもよくなってしまう。
吹き付ける風を肌で感じ、火照った体を冷やしながら僕はその場に座り込んで一息ついた。
「すごいね」
ナビ子ちゃんにああは言ったけれどやっぱり絶景は語彙力を奪ってしまう。下手な言葉なんて言うものじゃない。そんなのは全部蛇足だ。
「ん~、やっぱり登るのは気持ちがいいものデス」
ナビ子ちゃんは深呼吸をして胸いっぱいに清らかな空気を吸い込む。そしてあるものを発見しおや、ととことこと歩いて行った。
「みのりさん、何か面白そうなものがありました」
「ええ?」
僕はしぶしぶ立ち上がりナビ子ちゃんのいる場所へと移動する。そこにはハート形の赤い枠のオブジェがあり、彼女はこれを見てほしかったようだ。
「観光地によくある恋人向けの何かかな」
「でしょうね。さあ、二人でポーズを決めましょう」
「はいはい」
僕は初々しい彼女のようにはしゃぐナビ子ちゃんに付き合い、カメラを固定したあと二人で両手を使ってハートマークを作った。
ここまで来るのはものすっっっごく、しんどかったけど、これもきっといつか大事な思い出になるのだろう。
これからも、ずっとずっと僕はナビ子ちゃんと楽しい思い出を育みたかった。こんな事を言うとナビ子ちゃんはこれでもかといじるから言わないけどね。