4-4 星空のダンスホール
そしてその日の夜。三日月と星空の光が降り注ぐ中、赤錆の廃城の一角で僕はナビ子ちゃんと一緒にスタンバっていたわけだけど。
「ね、ねえ、この格好は何なのかな、ナビ子ちゃん」
「何って、ドレスデスけど。どうして着替えてから聞いたんデスか?」
「だってそういうもんだし。空気を読んだからだよ」
僕とナビ子ちゃんは可憐なドレスを身にまとい、廃墟の工場とは明らかに場違いな服装になっていたのだ。
ナビ子ちゃんのドレスは白を基調とした清楚系でイメージどおりに着こなしているのに、僕のものは黄色の可愛い系でまるでお人形さんのようだ。せめてもうちょっとフリルが無ければよかったんだけどさ。
「ワタシが愛情込めて作ったのでもうちょっと喜んでくださいよー、ぶー。可愛い格好したかったんデスよね」
「そりゃ昔はこういう服を着たいと思った事はあるけどさ。僕にとってこんな姿は都会のスクランブル交差点で全裸になっているのと大して変わらないくらい恥ずかしいんだよ。キャラじゃないから」
不満げなナビ子ちゃんに僕は羞恥心を堪えて応対をする。露出度は良識的な範囲だけどやっぱりねえ。
「それはオーバーデス。とっても似合ってますよ!」
「そ、そう」
ナビ子ちゃんは褒めてくれたけど、やっぱりどうしてもアイドルみたいな彼女と比べると見劣りしてしまう。この短い髪も、貧相な身体も、とても釣り合わなくてまるで姫と侍従だ。
だけど腹をくくろう。やるっきゃないよね。
「ああもう、やればいいんでしょ」
「はい! さあ、ミュージックスタートデス!」
そして用意しておいたスピーカーから円舞曲が流れ、僕らはなぜか曲に合わせて踊りだした。
どうしてダンスをしているのか。それは工場が廃墟の城っぽい、城と言えばダンスというやや無理やりな連想ゲームの結果今回の企画が急遽決まったんだよ。
ちゃんと踊るのなんて久しぶりだけど案外体が覚えているものなんだな。僕は与えられた役割をきっちりこなして、主役のナビ子ちゃんを引き立てようと必死だった。
「もう、みのりさん、表情が固いですよ! スマイル、スマーイル!」
「わ、わわ」
だけどナビ子ちゃんが上手にリードしてくれたので僕はだんだん楽しくなってしまう。気が付けば何もなかった空間は素敵なダンスホールに変わってしまったのだ。
影絵の招待客がどこからともなく現れ会場を盛り上げてくれる。星明かりのシャンデリアに照らされた僕はまるでお姫様になった気分になってしまった。
ああ、どうした事だろう、あれほど女の子の格好をするのが恥ずかしかったのにとても楽しいな。そんな僕の顔を見てナビ子ちゃんはふふ、と笑ってしまう。
ああ、そっか。ナビ子ちゃんはダンスとかじゃなくてこっちがメインの目的だったのか。可愛い服を着たかったっていう僕の願いを叶えるためにこの企画を思いついたのか。
ならその想いに答えて精一杯このパーティーを楽しもう。気分が乗った僕はアクロバティックな技も決め、会場の注目を一身に浴びてその幻の快楽に身を委ねてしまったのだ。
秘密のパーティーが終わり、僕たちはバスに戻って服を着替え余韻に浸っていた。
うん。
「うわあああああ、恥っず! 何か滅茶苦茶やってたよね! トランスって怖いよ!」
「どしたんデス、みのりさん? 悶絶して」
動画をカチカチとパソコンで編集していたナビ子ちゃんは、悶え苦しむ僕に不思議そうな顔をしてしまう。
「いや、まあ、なんだか随分とポエミーな事を考えていたなあって。ノリって恐ろしいよ」
「いいじゃないデスか、青春ってそういうものデス」
「そういうものなのかな」
「そういうものデス」
興奮冷めやらぬ僕は布団にうずくまり普段は気にも留めない動画の反響を気にしてしまった。これ、向こうの世界の人も見ているんだよね……。
「でもまあ楽しかったよ。ありがとうね、ナビ子ちゃん。僕の夢を叶えてくれて」
「どういたしましてデス」
だけどえへへ、と笑うナビ子ちゃんの傍らにある恐ろしいものを発見して、僕は血の気が引いてしまった。
「ところでナビ子ちゃん、そのとてもフリフリした布は何なの?」
「作りかけのゴスロリパンク風の衣装デス。みのりさんの魅力をいかんなく発揮させる仕上がりになる予定デスからこうご期待デスよ!」
「うわー! やめてよー!」
もしかしてナビ子ちゃんはただ単に僕を着せ替え人形にしたいだけなのかなあ。一瞬だけど僕は彼女の親友をやめたいと思ってしまった。