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1-7 未知の脅威と方針会議

 その後も水汲みなどの所用を済ませ、僕はナビ子ちゃんと一緒に晩ごはんの準備をしていたけれどなんとなく空気が重かった。


 その原因はもちろん先ほどのアメーバだ。野草を洗っていた僕はたまらず鍋を煮込んでいたナビ子ちゃんに尋ねた。


「やっぱり知らないんだよね、ナビ子ちゃんもあの怪物を。けど敵だっていう認識でいいのかな」

「はいデス。少なくともここ数年か数十年はあんな生物を見た事が無いデス。なんとかトラブルシューティングをして破損したメモリーから情報を探してはいるんデスけど、さっぱりデス。まあワタシならあの程度の敵は脅威でもなんでもないデスが」

「そっかあ」


 難しい顔をしてそう言った彼女に僕はそんな相槌しか出来なかった。


 実際ナビ子ちゃんはかなり強かった。ガトリングやブレードであんな大きな怪物を秒殺しちゃうくらいだし。けど彼女がいなければ僕はきっと……。


 あの悍ましい異形の姿を思い出し思わず鳥肌が立ってしまう。


 これ以上想像しないでおこう。そんな事をしたら正気を失ってしまうから。


「でもみのりさんはそうではないでしょう。ワタシがいればあなたを護る事は出来ますが、四六時中常に一緒にいられるとは限りませんし」


 そこまで言ってナビ子ちゃんはあ、と思い至ったようだ。


「そもそもみのりさんは別の世界の住人なんデスよね。この世界は人間さんが生存するのには厳しい環境デスし元の世界に戻ってはどうでしょう? ワタシはその手段を知りませんが、もしかすれば探せばその手段が見つかるかもしれません」

「元の世界に戻る……か」


 それは百人いれば百人が同意する意見だった。けれど僕はその答えに窮してしまい、ナビ子ちゃんは不思議そうな顔をしてしまう。


「何か不都合でも?」

「うん。そもそも僕は死んじゃったわけだし無理だと思う。それに……」


 僕はあの世界に戻りたくなかった。孤独で、虚しくて、辛い事しかない現実の世界に。


 あの灰色の世界は僕を拒絶した。世界中のすべての人間が僕の敵だったあの世界に居場所はなかったんだ。


 安全だけど辛くて孤独な世界。それに対してこの世界はどうだろう。


 ここは危険な事はあっても他者と関わる必要がなく、それからもたらされる痛みとは無縁な終末の世界なのだ。


 それは命の危機に遭ってもなお魅力的な事実だった。ここには僕がずっと望んでいた安らかな静寂と虚無が存在するのだ。


「なんでもないよ。しばらくはここでのんびりしてみたいと思う。この世界は星がきれいだから。それにナビ子ちゃんもいるからね」

「そうデスか!」


 僕は誤魔化すようにそう言うと、ナビ子ちゃんは嬉しそうににっこりと笑う。


「ワタシも久しぶりに誰かと一緒に居られて楽しいデス。けど毎日暇でする事もありませんし、一応方法だけは調べておきますよ」

「……そっか、ありがとう」


 自分の退廃的な感情を隠すために付け加えた一言に彼女はとても喜んでしまった。その事に僕は少なからず罪悪感を抱いて目をそらしてしまったんだ。


 ずっと独りぼっちだったナビ子ちゃんは僕と会えて嬉しかったんだろう。こんな、無邪気な子供であるはずなのに瞳に光を宿しておらず、ゾンビよりもゾンビらしい死にながら生きている人間でも。


「むむ、しかし調べると言ってもどうしましょう。ワタシの損傷したデータに情報があるかもしれませんが」

「ナビ子ちゃんは昔の事を忘れちゃったんだっけ」

「はい」


 僕がそう言うと彼女はしょんぼりとして、お玉を持ったまま料理の手を止めてしまった。


「とっても大切な記憶だった気がするデスが……ナビ子は全部忘れちゃったんデス。それはきっととても悲しい事なんデス」

「……そう」


 もしかしたらナビ子ちゃんにも昔、大切な人がいたのかもしれない。もちろんその人たちはとっくに死んでいるだろうけど、もう思い出の中で会う事も出来なくなってしまったのだ。


 ……僕も昔は楽しかったなあ。まだ小学生だし、そんな事を言えるほど年をとってないけどさ。


 うん、よし! ここは僕も勇気を出そう!


 僕はナビ子ちゃんの手をガシッと握ってこう言った。


「だ、だったら、僕がナビ子ちゃんの記憶を取り戻す手伝いをするよ!」

「え、本当デスか? ありがとうございます!」


 一瞬驚いたナビ子ちゃんはえへへ、と今日一の柔らかい笑みをした。どのくらい当てにしてくれているのかわからないけど僕はその期待に答えたかったんだ。


「それならちょっと調べたい場所があるので早速向かってみましょうか! 料理も煮込むのに時間がかかるでしょうし」

「うん、僕はいつでもいいよ」


 それはもしかしたら有難迷惑かもしれない。人間は忘れていく事で生きていけると言うけれど、ロボットの彼女も忘れたからこそ過酷な日々を生きていけるのかもしれない。


 だけどエゴだとしても僕もまた、悲しんでいる友達のために何か出来る事をしたかったから。

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