3-34 得体のしれない希典先生
俺は数冊の文献を時間をかけてすべてコピーし、古文書の解読をしてもらうため早速希典先生に電話をかけた。
『あいよー』
「あ、希典先生。御門ですけど、今大丈夫ですか」
『んー、酒飲むのに忙しい』
「つまり大丈夫なんですね」
話し方から察するに彼はほろ酔い程度に酒を飲んでいるようだ。そもそも素面の先生と会った事がないけど。
「その、ちょっとお願いしたい事がありまして」
『やだ。面倒くさい』
「いや話くらいでも聞いてくださいよ、酒をプレゼントするので」
気分屋の彼はいつも以上に気だるげで早く電話を切りたいようだった。うーん、どう交渉したものか。
『どうせ古文書の解読とかそんなんでしょ』
「え、あ、はい、そうですけどどうしてそれを。もしかしてうみちゃんからなにか聞いてます?」
希典さんに先回りされたので俺は少し戸惑ってしまう。しかしうみちゃんの顔を見てもいやいや、と手を振って彼女は否定した。
『うんにゃ、けど俺っちにはお見通しなのよね、大体の事は』
「はあ、流石ですね」
まあいい、深くは追及しないでおこう。だって希典さんなのだから。この現象を説明するにはその言葉が最も適当だ。
「まあ知っているなら説明は省きます。お礼にどんな酒が欲しいですか?」
『いややらないからね』
しかし希典さんは承諾しない。酒をちらつかせたら快諾してくれると思ったんだけどなあ。
『余計な事には首を突っ込むな。普通の生活を送りたければね。これは忠告だよ』
「え?」
だが彼の能天気な声が一変し、突如として冷淡なものに変わったので俺の身体は硬直してしまう。
しかしすぐに確信する。彼が何かを知っている事を。
「ど、どういう意味です」
『ほいじゃ切るよ』
ブツリ。俺の話に耳を貸さず電話は一方的に切られる。うみちゃんはどういう事になったのか大体察して困ったような顔になってしまった。
「ええと、御門君? 駄目だった?」
「駄目でした」
「そうですかー」
うみちゃんは何も知らずに急須で淹れたお茶を呑気に飲んでいた。
だが、とてもおぞましい感情がこもった今の一言に俺は荒木希典という男に恐怖してしまったのだ。
彼には俺の知らない一面がある。それはきっと知ってはいけない何かなのだ。それを知ってしまえば、もう元の世界には戻れないのだろう。
けど参ったな、俺には古文書の読み方なんてわからないしなあ。
「自力で解読するしかないか」
「どうやって?」
「図書館に行ってそれっぽい資料を参考にします。骨が折れますけど何とかなるでしょう」
そう、時間はかかるがそれしか方法はない。俺はコピーした文献をまとめ海野家を出る準備を始めた。
「なら先生も手伝いますよ」
しかしうみちゃんがそんな提案をしたので俺は驚いてしまった。
「え? どうして」
「私もどんな事が書かれているのか気になりますし、それにそんなに必死だって事は御門君にも何か事情があるんですよね」
えへへ、と笑ううみちゃんの優しさに甘えるのは悪い気がしたが、猫の手も借りたい今は遠慮している場合ではない。みのりを救うために取れる手段は全て取らないと。
でも本当にこんな素敵な先生に俺は暴言を吐いたんだな。本当に自分が情けないよ……。
「わかりました、お願いします」
「ええ、頑張りましょうね!」
だがその柔らかな微笑みがこの上なく頼もしい。俺はうみちゃんを同行者に加え再度市立図書館へと向かった。