3-33 神社の蔵の調査と家族の思い出
そして翌朝、澄み渡る秋空の下俺は輝く水たまりを踏んで神社へと向かい、早速うみちゃんとともに蔵の調査を開始した。
彼女の手により古い和錠はカチリと音を立てて外れる。そしてギィ、と扉を開け、俺達は内部に足を踏み入れた。
「はい、これマスク」
「あ、どうも」
ずっと掃除をされなかった蔵の内部は息苦しく光に照らされた埃は妖精のように舞う。俺とうみちゃんはマスクで口元を護り作業を始めた。
結論から言うと大当たりだった。蔵の内部は昔の資料の宝庫で調べる価値のある物がたくさんある。民俗学者がいれば諸手をあげて大喜びする事だろう。
「わあ、おじいちゃんたちの若いころの写真だー」
「おじいちゃんって言うと先代の宮司さんですか?」
「ええ。今は老人ホームにいますけどね。わお、おばあちゃん美人だ」
うみちゃんは早速家族の歴史に夢中になり作業の手を止めてしまっている。そもそも蔵を調べたいと言ったのは俺だしここは存分に思い出に浸らせてあげよう。
気にせず蔵を調べていると俺は段ボール箱の中からアルバムのような物を発見する。開いてみると、そこには巫女装束を着た無邪気に笑う幼いうみちゃんの写真があったのだ。
「うみちゃんのコスプレ写真発見しました」
「あ、これここにあったんだ。見つけてくれてありがとうね、御門君」
きっとこのアルバムをずっと探していたのだろう、うみちゃんは大層嬉しそうに手を叩いて喜ぶ。成り行きで俺もなぜかそのアルバムを見る事になってしまった。
「そうそう、この時お父さんに凄く怒られてね」
写真の中にはお転婆なうみちゃんがいて、壁に落書きやら障子を破ったりやら、昔は悪行三昧な日々を送っていたようだ。
「今からはとても想像も出来ませんね。随分とまあ、やんちゃだったんですね」
「うん、昔の話だけどね」
家族の思い出を語るうみちゃんはどこまでも幸せそうだった。だが、俺はそんな彼女を見て胸が痛んでしまう。
これが家族の温もりなのか。普通の家族はこんなに幸せな毎日を送っているのか。俺の家にはほとんど写真なんてないのに。
「あ、これは」
それは地域の祭りを撮影したもので、その中の一枚に若かりし頃の父さんや母さんたちが写っていた。友人だった真壁夫妻も大はしゃぎをしていて、この頃の父さんはそれなりにリア充だったらしい。
だけど今は……。
「ま、まあともかく整理を続けましょう」
「そうですね」
俺は空気を読まずに無理やり作業を再開した。何も考えずに、黙々と。
そして蔵での調査は終了する。少し汗ばんだうみちゃんは額の汗をぬぐい、太陽の光を浴びて清々しい顔をしていた。
「ふー、終わりました! 整理を手伝ってくれてありがとうね、御門君。はい、これ」
「あ、どうも」
俺はうみちゃんからペットボトルのお茶を受け取りグビグビと飲んで水分補給をする。俺としても充実したものだったし大収穫と言えるだろう。
だが蔵中を調べてそれらしい資料を集めたはいいのだがここで問題が起こった。文献はあまりにも古く、ミミズの這った様な文字でとてもではないが知識のない俺には読めなかったのだ。
「しかし誰に解読してもらいましょうか、これ。うみちゃんには心当たりがあります?」
俺は駄目元で先生に訊いてみる。彼女は少し悩んでその答えを提示してくれた。
「そうですねー、希典先生はどうでしょう」
「希典先生ですか?」
荒木希典先生、それはうちの学校の化学教師で学校一の問題教師として知られる。教師という次元に収まらない類まれなる天才的な頭脳とは裏腹に、常に酒を飲み、不真面目で、とても生徒の模範になるような人間ではなく学年主任とは仲が悪い事で有名だ。
だがはみ出し者の生徒にとっては数少ない心を許せる相手で俺も個人的に仲が良く、自宅にあるパソコンも彼に作ってもらったものだ。
「まあ希典さんなら古文書くらい読めそうですが」
彼の専門は理科系全般だが基本的に天才なので何でも出来る。あの人はそういう人間なのだ。それは彼を嫌っている人間でも歯ぎしりをして認めるほど周知の事実である。
「酒でも手土産にもっていけば依頼を聞いてくれますかね」
「でしょうね。今だったらどこかお酒が飲めるお店にいるんじゃないかな」
「でしょうね」
俺は希典さんが酒をかっくらっている姿を思い浮かべて失笑する。あの人は朝昼晩、四六時中酒を飲んでいるからなあ。ま、探さなくても俺のスマホのアドレスに登録はしてあるけど。
「とにかく蔵を調べさせていただきありがとうございます。コピーし終わったら返すので」
「あ、それなら私の家のプリンターを使いますか?」
「そうですか、じゃあ遠慮なく」
さて、コピーをしたらさっさと希典先生が酒で酔いつぶれる前に電話をしないとな。
いや、つってもあの人のそんな姿を見た事はないけど……滅茶苦茶酒豪だからなあ。