3-32 恩師との仲直り
俺は警察署で事情聴取を受けていたわけだが、警察の人もあの異形の怪物の死骸は実際に目の当たりにしているわけなのでかなりこの事件の扱いに苦慮しているようだ。
今回の騒動で死人は出なかったがこれは日常で起こる事件とはわけが違う。もしかしたら今までもこういう事件は起きていたのかもしれないが、きっとよくわからん政府の力が働きある程度は隠蔽されていたのだろう。
ようやく事情聴取が終わり俺は待合室でぐうたらする。ともあれ日も暮れてしまったし今日はもう行動が出来そうにない。ニュースでどんな事になっているか少し確認してみるか。
「っ」
俺は思わず息を飲む。案の定全くニュースサイトで今日の事件は全く触れられていなかった。しかし驚いたのはそこではない。
ハエトリソウのような怪物の事件から少し前に島根県の神在で暴動が起こっていたのだ。市街地はところどころから火の手が上がり、日常の風景は血で染まり、まるで戦争でも起きたかのような惨状になっていた。
死者は数百人どころではなく数千人に上ると推定され政府は対応に追われているようだ。なので化け物如きに構っている暇なんてないだろう。
だがこれはもしかすると……俺は、おそるおそる投稿された動画を見てみる。
『『ぴーひゃら、ぽんぽん。ぴーひゃら、ぽんぽん』』
やはり、暴徒たちは笑みを浮かべながらその言葉をうめき逃げまどう人々を虐殺していた。
俺は確信する。これも間違いなく笛と鼓の音にまつわる異変の一つなのだろう。一体この世界で何が起ころうとしているのだろうか……。
ふと、俺は神在に住むじいちゃんたちの事を考えたがすぐに身を案じるほど仲は良くなかった事に思い至った。正直どうでもいいけど余裕があれば安否を確認しておこう。
「御門君!」
「ん」
しかしその時意外な人物が話しかけてくる。うみちゃんだ。彼女は血相を変えた様子で俺に駆け寄りはあはあと息を切らしていた。
「すみません。またトラブルに巻き込まれました」
「いいえ、無事みたいでなによりです。怪我とかはありませんか?」
「見ての通りです」
生徒の無事を確認し先生はようやく安心出来たようだ。だが、俺はすぐに申しわけない気持ちになってしまう。
気まずいとかそういうのは置いておこう。俺はこんなにも生徒想いな先生に謝らなければいけない。
「その、この間はすみません」
「この間?」
「父さんの事を話した時、先生にも酷い事を言って……」
だけど謝罪を聞いたうみちゃんは優しい顔をしてううん、と首を振った。
「いいですよ、私も何も知りませんでしたから。御門君の事情も知らずにあれこれ説教をして……知らないって残酷な事ですよね。むしろ私のほうが謝らないといけないのに」
「いや、そのうみちゃんは」
「ううん、私だって」
「いやいや」
「やいのやいの」
それからは水掛け論でお互いにわちゃわちゃと謝り続ける。だがしばらくしておかしくなってしまい、ぷっと噴き出してしまった。
「この辺にしておきましょうか。永遠に終わらないので」
「ええ、そうですね」
こうして俺は無事うみちゃんと仲直りする事が出来た。いろいろあったけれど結果的には恩師との絆が深まったので良しとしよう。
だが俺は彼女に別の用事がある。折角会えたので俺は忘れずにその話をする事にしておいた。
「そうだ、うみちゃんは神社の娘なんですよね」
「え、はい、そうですけど」
「なら、天女伝説の事とか知ってますか? 伝承では語られていない部分とか」
「え? ごめんなさい、私はそこまで詳しくなくて、表面的な事しか知らないですけど、なんでそんな事を聞くんですか?」
何も知らないうみちゃんはどうして突然天女伝説の話をしたのか不思議そうな顔になった。
並行世界の事を話しても話さなくてもどちらにせよ協力はしてくれるだろう。ならば説明が面倒だし今はあえて話さなくてもいいか。
「ちょっと諸事情により伝承に関しての調べ物をしているんですが、何かわかりませんか。知っている人を紹介してくれても構いませんので」
「う、うん。お父さんは……そこまで詳しくないかな。うちの蔵とかになら多分文献とかはあると思いますけど」
「ふむ。それを見せてもらう事は」
「出来るかと言えば出来ますけど、見たいんですか?」
「はい」
そんな突然の提案にもうみちゃんは断る事なく少し考えこみ、
「はい、いいですよ。それじゃあ明日の朝うちの神社に来てくださいね。蔵の整理もしたかったですし」
と、あっさり了承してくれた。
そんな彼女に俺は直立不動でありがとうございます、と心からの礼を言い、波乱万丈なその日の活動はようやく終了したのだった。