3-24 現実世界に帰還したヒロとつるぎ、そして愛するモヤシの危機
――御門善弘の視点から――
「……寒っ」
「?」
バスで眠っていた俺はあまりの寒さに目が覚めてしまう。続けてつるぎも。
俺達はバスではなく神社の境内で寝転がっていた。突然の事態に戸惑ってしまうが取りあえず立ち上がる事にする。
「元の世界に戻ってきたのか」
「みたいだな」
そこは終末の世界ではない俺達の世界の白倉だった。無事に生きて帰れた事を喜ぶべきなのだろうか。
改めてスマホを確認するとこちらでも時間が二日ほど経過したためかなりの量の着信履歴がある。その多くは母親からのもので……まあほぼ家族しかいないけど、俺は元の世界に戻れたのだと実感した。
俺の真似をしてつるぎもまずスマホを確認し、かなり嫌そうな顔になってしまった。
「うげ、スマホがすっげぇ事になってる。しかも何かお前と一緒に行方不明になったから母ちゃんたちからあらぬ誤解をされてるよ」
「マジでか……おばさんはともかく、おじさんに殺されないか心配だよ」
「キングコングニードロップは覚悟しておけよ~?」
つるぎはどこか楽しそうにニマニマと俺の不幸を笑いスマホをポケットに戻した。子煩悩な親父さんはつるぎよりも敵に回したらダメだからなあ。
うぅむ、どう誤魔化したものか。まあそれはおいおい考えるとしよう。
「ともかくみのりが向こうの世界で元気にやってるって事はわかった。今度はあいつをこっちの世界に戻す方法を見つけよう」
「ああ、そうだな。あたしも手伝うよ!」
過酷な世界から帰って来てばかりだったが、その時の俺はかつてないほどやる気に満ちあふれていた。
さて、まずは急いで向かわなければいけない場所があるからとっとと病院に急がないとな。
みのりの病室に向かった俺は早速目当ての人間を発見する。信じてもらえるかはわからなかったが俺は用意しておいた動画を見せた。
「こ、これは」
みのりの母親は驚愕しただろう。今そこで眠り続けている娘が、俺達と楽しそうに食事をしてお社を作っているのだから。
「みのりは都市伝説で有名になっているんですよ。並行世界で生きているってね。口で言うよりも見せたほうが手っ取り早いと思いまして」
「そんな……信じられないわ」
母親は愕然としてなかなか理解が追い付いていなかった。そりゃまあ、普通はそうだろうな。
「言っておきますが、作り物ではないですからね」
「と、言われても、ね……でも……」
そう、これは明らかな証拠ではない。動画なんていくらでも加工も編集も出来るし、母親は信じ切れていなかった様だ。
「俺たちは向こうの世界に迷い込みました。これから何とかしてみのりがこっちの世界に戻れる方法を探すつもりです」
「突拍子もない話ですが、信じてください!」
つるぎも一緒になって彼女の説得をする。俺達はどうにかこの非現実的な話を信じさせてまずはみのりの延命治療を続けさせなければいけないのだ。
わずかでもいいから信じてくれ。そうでなければもう俺たちに打つ手はないのだ。
「……わかったわ。どうせ最後だもの。それが嘘だとしても夢を見れるならいいかもしれないわ」
「ありがとうございます!」
彼女は多分、七割くらいは信じていないようだが取りあえず時間を稼ぐ事には成功した。俺は下げたくもない頭を下げて感謝をし病室を後にしたのだった。
病室を出た俺たちは移動しながら軽く作戦会議をする。
「さて、この後各々の家族に無事を伝えるとして、まずは笛と鼓の音と天女伝説について調べたいと思う。俺達の知っている伝説はほんの一部に過ぎないだろう。これから忙しくなるぞ」
「ああ、そうだな。とにかく片っ端から情報を探してみるか!」
つるぎはガシッと拳を打ち付け気合を入れる。何だか昔に戻ったみたいで俺はどこかワクワクしていたんだ。
ようやくだ、ようやく止まってしまった時間が動き出すんだ。
待っていろよ、みのり。俺たちは絶対にお前を救ってみせる!
ただまあ、その前に俺には乗り越えなければいけない試練があった。
「オレンジ風味のチャーシューにしてやる……!」
「ヒィ!」
まず真壁家に向かった俺は店に近付くとすぐ、どこからともなく娘を想う親父の殺気を感じ慌てて即座に逃げ出してしまう。
ちなみに残ったつるぎは帰って早々おばさんに絡まれていた。
「あら、お帰りなさい。スイーツでキングでコングな夜はどうだった? ウッホウッホ、ってなっちゃった?」
「スイーツでもキングでもコングでもないって!」
「わかってるって。でも次からは家に連絡しなさい。じゃないとヒロ君の死体が鎖で駅前に吊るしあげられるから」
「どこの無法地帯の入り口なの!? 福岡じゃねぇんだから! いや連絡しなかったのは悪かったけどさ!」
いや福岡もそこまでではないと思うけど。どっちかっていうとどこかのラグーンか?
取りあえずこちらはシリアスな空気にならなくてよかった。俺はその事実にホッと胸をなでおろした。
「このド腐れ搾菜野郎ッ! そのフニャチンを去勢してやるヨッ!」
が、安心したのもつかの間背後からもう一人の真壁家の番人が現れてしまった。つるぎの妹分はカンフー映画の英傑のようにステンレスの物干し竿を振り回し、大事な家族に手を出したかもしれない不届き物を始末しようと怒髪天なご様子だった。
「搾菜はモヤシよりも上なのか、下なのか!?」
彼女を表現するには猛虎の気迫、というよりも可愛く威嚇するサバトラという言葉が適切ではあったがガッツリ殺す気である。
俺はすぐに可愛いモヤシを護るため、白倉中を舞台にした鬼ごっこを始めたのだった。
ともあれ命からがら自宅に戻り玄関のドアを開けたわけだが、その音に反応した母さんがすぐに駆け寄ってくる。
「ヒロ! 連絡もしないでどこに行ってたの!」
「あ、いや、うん」
まさか並行世界に行っていたなんて言えるわけがない。だがどうにも誤魔化す上手い言い訳が思い浮かばなかった。
俺の考えた突破方法はただ一つ。逃げる事だった。
「ごめん、ちょっと事情があって。しばらく家に帰れなくなる日も増えるだろうから飯は当分いいよ」
「せ、せめて理由を教えて。心配してたんだから!」
「ごめん」
俺は母さんにそう言う事しか出来なかった。
うちの家庭事情が事情だしもしかすれば勝手に勘違いをしてくれているかもしれない。それはそれで好都合だった。
「……………」
それと父さんも居間にいたが、黙って悲しそうな視線を向けるだけで俺を叱る事すらなかった。
文句の一つぐらい言えよ、クソ。だがもうあの人に期待する事自体が間違いなんだ。
俺は怒る気持ちも失せて荷物をまとめるとすぐに家を出てしまう。今は一分一秒が惜しいからもう壊れた俺の家族に構っている暇なんてないんだ。